2005年05月31日

このまま何処か遠く

どうも皆様、お久しぶりです。
ぼぉ〜っとしている内に5000HITを達成してしまったようですねぇ。
えっと…毎度のご来場まっことにありがとうございます。
更新がなかなかないのは、単純に失念しているからであります。

皆様の中には私よりも頻繁にいらしているお客様もいるような気がしますね。
根拠はありませんけれど。

反省します。
もう少し、更新の頻度を高めましょう。

最近の私は、流れる雲を眺めて日々を過ごしています。
浮いては沈む考え事が、終息する日が来るのかしら。
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2005年05月17日

サル山と黄色いサルのお話。後編?

折角、国連に関係する話をしているというのに、
日本の立場ばかり追いかけるのはナンセンスそのもの。

黄色いサルは置いておいて、違うサル山のお話をば。

我らが宗主国家アメリカ合衆国ですが、
「日本の常任理事国入り」賛成。
「日本が拒否権を保持」 反対。
とまぁ、非常にわかりやすい立場にいらっしゃいます。
これをハッキリと表明しているわけではありませんが…
アメリカ票が増える分には賛成すれども、
アメリカをおびやかす勢力を増やす気はない、ということですね。

これは独り言ですが、
実際に拒否権を持つ国が9つも存在したら、安保理なんて機能するのかしら?
国際連盟が全会一致の原則に縛られて動けなかったころと大差ない気がします。
9つの国家の利害が一致するなんて、よほど珍しいことですよ。

逆に、拒否権がない常任理事国を作製するのは好ましくない、と思います。
現在の大国が半永久的に強権を保持することを暗黙の内に認めることになりますから。
大国のエゴを破るためにいちいち組織を解体するのも下らない作業でしょう。

まだまだ火種のくすぶっている、反日デモの嵐ですが、
中国、韓国どちらのものでも、大抵スローガンに「日本の常任理事国入り反対!!」
が掲げられていることにお気づきでしょうか。
この件はどうも我々よりもあちらの方々にとって一大事のようですな。

この辺りの認識のズレが殆どの国際問題の原因だと思うのですが…

中国にしてみれば、日本が世界の中で肩を並べる立場になるのが許せないのでしょうなぁ。
韓国では、先に常任理事国入りするべきは自分の国だと思っている方が多いのではないかと。

どちらの考え方も理解できないわけではありません。
文言の上のこととはいえ、国連憲章第107条、通称旧敵国条項はまだ存在しますし。
国連の成り立ちからいえば、まぁありえないことなのでしょう。

あとは…60年を長いと感じるか短いと感じるかは国民性の違いかもしれませんね。


他に、一緒に常任理事国入りをしたい国家同士では、
仲良く昇格へ向けて協力体制を敷いていこうとしているようです。
まぁ、とりあえずは。


歴史認識のがどーだのこーだのと、
詰らない話に首を突っ込むつもりはないのですが、
日本ではあまりに歴史が軽んじられすぎているように思います。
歴史が主な産物、という国家と同じでなくてもいいですから…
リテラシーというのですか?
最低限の知識に足りてないから、議論にすらならないのではないか、と。


話がちょっとだけ変わるのですけれども、
我らがライオンヘッド、
小泉首相は何か任期中に名前の残ることをやりたがっているような気がしませんか?
田中角栄氏は日本と中国との国交回復に成功しましたが、
北朝鮮との間にそれをやりたいんだか、
国連安保理の常任理事国入りをやりたいんだかよくわかりませんけれども。

目立つのが嫌いな人はあんまり政治家にはならなさそうなので、
仕方の無いことなのでしょうか。
…で、議員年金は結局廃止しない方向で決定なのですか?
確かに華のある仕事ではありませんな。


ということで、国連関係を巡る各国、個人の思惑を纏めてみました。

対外的に強硬な外交姿勢が妙に高く評価される風潮、なんとかなりませんかな。
これは日本だけではなくて世界中がそうなっているのですけれど、
なんというか、世界中が無意味にトゲトゲしくって不自然な時代ですわね。


どこの山を見てもサル共は今日も元気です。
それだけが救いですね。
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2005年05月16日

サルによるサル山のお話。中編?

さて…何の話からはじめたら良いのでしょう?
何せ当方はサルなもので。

…と、サルに失礼な表現はこの辺にしておきますが、
国連常任理事国になりたがるサルのお話を再開します。

おっと、これもサルに失礼か。

何故か突然、日本が頑張って国連の常任理事国入りへ向けて活動しているのですが、
その背景には国連の安保理改革があります。

先に前言を補足しておきますが、これは何故「今」なのか、という説明です。

安保理は相当に強い権限を持つ組織なのですが、
誰の判断であるのかわかりませんけれど、
その能力が現代にそぐわないという声があるそうで、
とにかく改革して強化する必要があるのだそうですよ。

それで…ですね。
安全保障理事会を拡大する方向はすでに固まりつつあるのかな?
という様子で、理事国を24くらいにしようではないか、と。
ついでに常任理事国も増やしませんか?と。
そんな意見がちらほらりな状況のようです。

常任理事国といえば教科書に載っているのは拒否権というキーワードですね。
安全保障理事会で決定されそうな事案であっても、
拒否権を持つ国がたとえ一国でも拒めばその時点で案が否決される、
極端で判りやすくエゴが出ていて素敵なシステムですね。

文化祭の企画を決める話し合いの中に担任の先生がいる気分ですね。
H.R.の時間が無駄なので最初から企画を先生が決めて下さいよ、と。

話が逸れかかっていますね。

その拒否権ですが、現在の常任理事国の米国・英国・フランス・ロシア連邦・中国
の五大国はこの理不尽なまでの強権を手放す気もシェアする気もさらさらありませんから、
ここからの話がややこしくなってくるのです。

それでは…何故、「今」なのかという説明は
「たまたま改革の機運がみえているから」で、ほぼ間違いが無いと思います・
ま、改革の水を向けたのは当時の日本の外相だったりするのですが…

次の疑問は、何故、日本が常任理事国入りしたがるのか、ですね。

そもそもの私のギモンはここから始まっているのです。
何かメリットはあるのですか?

と、いうことで、外務省のページを見てまいりました。
関連する内容はこの辺りにまとまっていますから、
お読みになるのも一興かと。

国連安全保障理事会改革

あなたがお目を通そうと通すまいと話を続けさせていただきますね。

ここからは私見です。
ちょっと、飛ばしますよ。

ざっと読んだ感想ですが、なんだか頼りの無い文章だと感じました。
「〜という機運が高まり」等、
日本の常任理事国入りを世界の多くの国が支持しているような印象を与える下りでは、
具体的な描写が極端に少なく、
私が小論文で根拠の少ない説をごまかしながら用いるときにソックリです。

ちょっと気をつけて読むとわかりますが、
諸外国は安全保障理事会の拡大や改革には賛成していますが、
それは別に日本のための発言ではありませんね。
当然のことでしょうけれども。

日本が参加することのメリットについての文章も、
穿った見方でしょうか…名誉の点以外の文章には中身がないように感じます。
名誉、ねぇ…?

前回、触れたのですが、日本は破格の出資をしていますから、
金額に見合う名誉くらいは頂いてもバチは当たらないだろう、
という感覚なのでしょうかねぇ。


しかしまぁ、日本にとっては国際連合の存在自体が一種の不名誉だと思うのですが、
この話は国際連合の成立から遡ることになるので割愛します。

極めて極めて単純化しますと、
「悪の枢軸であるドイツや日本を叩くため」という成分と、
「そのために大義名分が欲しい大国のエゴ」という成分の、
二つを主原料としているのですよ、国際連合は。

今やその枢軸共が常任理事国入りしようというのですから、
60年は長いような短いような歳月ですね。


そうそう、当然のことながら常任理事国入りにご執心なのは日本だけではありません。
ドイツやブラジル、インドなどもやる気満々です。


今回もかなり長い文章になりましたが、
もう一回分を使って後編を書きます。

もはや、私の目的が何なのか私には把握できません。
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2005年05月15日

サルでもわかるサル山のお話。前編?

私も運営を始めたときにはこんなことになるとは夢にも思いませんでしたが、
このブログは社会派ブログとして世間様に認知され掛けているようです。

とまぁ、のっけから大嘘を披露してみましたが、
本日は国連の常任理事国を目指す日本のお話を。


話はそれなりに進行している様子ですが、
国内ではそれほど大きな扱いのニュースにはならず、
それにしてはやっていることは大事のような気もしますので調べてみました。

最初にちょっとだけ基礎知識の確認をしておきましょう。

国際連合の安全保障理事会《the United Nations Security Council》は、
国際連合の主要機関の一つで、総会と並ぶ最高機関。
国際平和の維持、国際紛争の解決を目的とする。
米国・英国・フランス・ロシア連邦・中国の五常任理事国と、
総会で選挙される任期2年の10の非常任理事国の15か国で構成。
常任理事国は決議における拒否権を有する。

以上、大辞泉より。

というわけで、誤解を覚悟して表現してみますと、
国連総会を国会に喩えるならば、安全保障理事会に参加するのは
内閣入りを果たすようなものでしょうか。

安保理が果たす役割はそれほど支配的であります。

さてさて、今のところ安保理は15か国からなる委員会ですが、
日本はわりと勤勉に非常任理事国として参加しています。
今までに8度、ということは60年間で計16年ですか。

この数字は世界で一番多い値なので、
非常任理事国の中では常任理事国入りが近い方に位置すると考えてもいいかもしれません。
この26%を多いとみるか少ないとみるかは立場によって違いが出るでしょうねぇ。

えーい、それほど面白い話でもない癖に長くなりそうなので、今回を前編としますよ。

基礎知識編、ついでにお金の話もしておきます。

国際連合の活動資金は各国の分担金によって賄われていますが、
それぞれの分担金はワリカンではなくて、
各国の経済状況に応じて金額が変わるものとしていますので、
まがりなりにも経済大国な日本は結構な額を納めております。

具体的なデータも置いておきますね。
2004年から2006年までの向こう3年間の分担率は2003年12月に決定され、
日本の分担率は、19. 468%(2004年〜2006年同率)となっています。

現在の国連は191か国からなるので、
頭割りなら0.5%強で均一になるはずですからこれはたいした出費ですね。

これも具体的な数字があった方が良いでしょうか?
2005年の分担金額は346400000ドルです。
これがどこのドルかわかりませんが、アメリカドルだとしますと
現在のレートで370億円強?…計算にミスがあるかもしれませんけれど、
この額がアメリカに次ぐ第二位の分担金額であります。


私が飽きなければ、後編へ続きます。

数字はほんっとに苦手です。怪しいなぁ…
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2005年05月13日

おかえりなさいませ

時事的なお話もしてみましょうか。

18歳少女に首輪、監禁104日…24歳男を逮捕

うわ…凄い話ですね、これは。

この男性は「王子様」を通り名としていて、
「ご主人様」と呼ばれるのが大好きで、
ネカマでスケベエなゲーム大好きな人なのだそうですが…いやはや。

お部屋からは沢山そのテのゲームが押収されたそうですね。
そのテ、というのは、スケベエなゲームの内の、
女の子を監禁し、拘束したり調教したりする素敵なゲームなのだそうですが、
私は触れてみたことがないので、ちょっとよくわかりません。

世間の皆様方からすると私は充分にオタクと言われる種類の人間なのでしょうけれど、
オタクといっても所詮は趣味なので、得意な方面と馴染みのない方面があるものでして、
こちらはちょっと通学路になかったので解説ができないのですよ。

ちょっとばかり前に「ときめきメモリアル」のプレイ画面をアップしておいて何ですけど。
JR新宿駅を利用する生活をすることと、鉄道マニアであることは別次元の問題ですね?
つまり、そういうことです。

日本では憲法でも保障されていますけれども、
内心では何を考えていようが他人様に迷惑を掛けない限りは、
どんなに危険な思想を抱いていても、それは自由であることになっています。
それは性的な趣味につきましても同様でございまして、
パートナー(?)の同意の上であるならばプライベートな空間で何をしていようと、
あまり問題にはされません。

他人の性的な趣味にはさほど興味はありませんが、
各々方の捉える「ノーマル」というのは随分と開きがあるものですね。
それでもまぁ…お互いに尊重しあって干渉しないのが大人というものでしょう?

ですが、こういった事例が出てきますと、
雲行きが怪しくなってくるわけですね。
アンケートも統計も採っていませんから、私の純然たる独断と偏見ですけれども、
女性を監禁することに喜びを感じる男性はさほど多くはないと思います。
そうしますと、一般論として異常な趣味のようにみえますから
「こういった趣味はけしからん」ということで、
規制の対象になっていってしまうかもしれませんね。

この件に関してなら私は別段困りもしないのですが、
頭の中でならいくらでも危険な思想を抱えてよい、ということは、
私にとっても、おそらくあなたにとっても重要です。

殺意を抱いた相手を殺すシミュレートをしたことのない方は珍しいのでは?
実行に移す人が稀なだけですよね。
そんなのでいちいち逮捕されていては身が持ちませんから。

他人様に対して殺意なんて感じるわけがない、そんな経験はない、とお思いになった方、
私は幸せな人生を歩んで来られたあなたを嫉妬のあまり殺してしまいたいです。

というのは半分弱くらい冗談ですが、
この一件が趣味的世界への干渉の橋頭堡にならないことを祈るばかりです。


いやぁ、だって私、オタクですもの。
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2005年05月12日

名も体も関係のない事例

こんな話題から。

話し言葉、「ニホン」が「ニッポン」に圧勝 国立国語研

ということで、「ニホン」派が少数派である「ニッポン」派の掃討作戦に入りまして、
Xデイが一体いつになるのか、という決定が下されるのを、
関係者は固唾を呑んで見守っているもようです。

という、想像を思わずしてしまいましたが、
「圧勝」というと何か大掛かりな戦さがあったかのような錯覚を覚えませんか?
メディアの使用する言葉のインフレには目を覆うばかりですね。

話言葉で日本は「ニホン」と読まれることが殆どなのだそうです。
本当にどうでもいいことに多大な時間と労力を割いていらっしゃる仕事を知ると、
なんだか私が存在することが許されるようで安心できます。

正式な名称であろうと通称であろうと私にとってはさしたる問題はありませんが、
書き言葉では「ニッポン」と書くことが多いのではないかと思います。
漢字で書いてしまえば同じものですが、
ローマ字表記では「NIPPON」になっていますよね?
日本銀行券でもそうなっていると思います、おそらく。

…あいにくと手元にないので、どなたかご確認下さい。
確認の報告も歓迎しますが、その際は現物を私まで郵送して下さいね。

ちなみに、明治あたりから60年ほど前までこの島で続いていた国家は、
「ダイニッポンテイコク」と呼ばれる名前でありました。
他に有名なところでは「ニッポニア・ニッポン」という学名の鳥が生息していましたね。
ラテン語の綴りまではわかりませんが、悪しからず。

どちらもおそらくもはやこの島には関係の薄い話なのですが、
急に文系らしく強引に結論を用意してみますと、


私たちが「ニッポン」を忘れ「ニホン」に引っ越すことで、
私たちが獲得した、または失ったものとはなんであろうか。
それは我々が本当の意味で「ニホン」を知り、
「ニッポン」の真にあるべき姿を見たときに、
初めて明らかになるものだといえるのである。


目をつむってキーボードを引っ掻いてみました。
きっとどこかの中学校が入試問題に使ってくださることでしょう。
あぁ、良い商売ですなぁ。
もちろん、文章に意味など全く含まれておりません。
また脱線になりますけれど、入試に使われる論説文はどうしてこのように、
内容の無い、詰らない、存在意義の無い文章が使われるのでしょうかねぇ。
良い文章は誰が読んでも主張がわかりやすいので、問題を考えられないとか?


話は元に戻りますが、
話言葉の「ニッポン」というのは、
もはや四音節が必要とされるときにしか使われていないのではないかと感じます。
文字表記としても「NIPPON」はこれからも生き残ることでしょう。
なぜなら、「NIHON」と書いてしまうと「H」の発音のない国では、
我々が呼ばれていることに気付かないような読まれ方をされそうですし、
英語であっても「ナイオン」と読まれてしまいそうな気がします。
いっそ「JAPAN」とか「WA」でもいい気もしますが、
まぁ…研究のしたい方たちにお任せするとしましょう。


とにかく、この話にご興味をお抱きになった方は、
お手元の日本銀行券ではどのような表記になっているのかを確認ののち、
現物を添付して資料として私まで郵送のこと。

報告はともかく、資料が欲しいのですよ。


可及的速やかにお願い致します。
今月は苦しいのです。
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2005年05月11日

天と地の狭間に

第九回の手塚治虫文化賞 マンガ大賞は
手塚治虫×浦沢直樹の「PLUTO」が受賞したそうですね。

賞の名前が名前だけにデキレースのような雰囲気も漂いますが、
まぁ、これは順当でしょうね。
なんと言っても面白いですから。

個人的に、どのように面白さを感じているか、を書いておきますと、
浦沢直樹×手塚治虫×アイザック・アシモフ…の姿が見えるから…
とでも申しましょうか。

この辺りのお話はファンの方に聞きつけられると厄介ですから、
風呂敷を早くも畳もうと思いますが、
それにしても、
手塚氏はロボット法の13条に「ロボットは人をきずつけたり、殺したりできない」
という条文を定めているのですが、
これよりも優先的に制定された12の条文はどういった内容なのでしょうねぇ?
と、アシモフ育ちの私は考えてしまうものです。


こういった比較においてよく論じられるロボット法とロボット工学三原則ですが、
両者は内容に似た部分がありますが、
その本質は全くの別物である点、どうか誤解のなきよう。

手塚治虫氏の考案した「ロボット法」はロボットが守るべき法律です。
つまり、氏の想定したロボット達は限りなく人間に近い、
またはそれ以上の能力を持ちえる存在でありまして、
自己の判断に基づいてあらゆることを実行可能な…いわば新たなる人類ともいえます。

一方のアシモフ氏の考案による「ロボット工学三原則」ですが、
これを遵守するのは人間であります。
そもそもSF作家である前に物理学者である彼にとって、
「自由意志を持つ機械」を人類が生み出すことはリアリティに欠ける仮定だったのでしょう。
彼の小説に登場する数々のロボットたちの陽電子頭脳には、

1.ロボットは人間に危害を加えてはならない。
  また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。

2.ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。
  ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。

3.ロボットは、自己をまもらなければならない。
  ただし、あたえられた命令が、第一条、第二条に反する場合は、この限りでない。

というこの原則があらかじめ刻み込まれており、
ロボットには選択の余地を与えていません。
もし、誤って人間に危害を加えてしまった場合には、
彼らは電荷的ストレスによって機能を停止します。

つまり、人類の友というよりも家庭用電化製品の延長線上にあるのです、ロボットが。


私はどちらかというと夢のないアシモフ的ロボット観が強いですね。
その…
「飼い主の手を本気で噛むAIBO」
「買った人間と音楽の趣味が合わずに家出するSDR−3X」
「ご主人様と呼ばれるのが至上の幸福であるASIMO」とか…
どこかに需要がありますか?


で、長々と話しておいて更に主題をシフトさせまして、
米陸軍、マシンガンを装備したロボット「Talon」を2005年導入へ
というテーマに移行したかったのですが、
いい加減に長すぎるとお隣に住む田中さんから苦情がきますので、
一旦、締めさせていただきます。

まぁおそらく実戦投入されるのはこんなのなんじゃあないかと思うのですよ。

I`m a machine!!

アメリカ製品だけにアメリカンなジョークで締めたつもりだったのですが
あー、これは、文章が見事なまでに息切れしてますね…
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2005年05月10日

模倣犯

走り書き風味になりますが、最近読んだ本のお話。

以前書きかけたデータがサーバーの彼方に消えてしまったので、
今回はややなげやりな文章になることが予想されます。

随分前にとある友人から薦められたこともあって、
「終戦のローレライ」を読破したのですよ。

映画も同時公開のようにしていたと思うので、
そちらで触れた方もいらっしゃるかもしれません。
が、私は観ていないのでなんとも評価のしようも御座いません。

問題にならない程度に内容を説明させていただきますね。
簡単にどんなお話かといいますと、
えーっと、舞台は太平洋戦争末期…末期期、と表しても良いかもしれません…
の、日本や日本近海やら、が主です。

話の主役は潜水艦でありまして、
とぉってもサブマリナーな描写が6割近くを占めます。
私は「沈黙の艦隊」という傑作漫画の愛読者なので、
ほぼ全ての情景を頭に描くことができましたが、
予習が必要であることから言いますと、映画版のほうがとっつきやすいかもしれません。

あらすじを申し上げれば、至極このテーマにはありふれた、
「歴史の表には出てこなかった知られざる部隊の暗闘」モノです。
誤解をおそれずに簡略化しておりますが、
「オリンピックの部隊裏ではセガールが世界を脅かすテロリストと闘ってました」
というような内容と大差はありません。


さてさて、何故なのか私には一向に理解できない話題作なのですが、
読了後の私の感想はといいますと、なんだか釈然としない気分であります。

社会に適合できなさそうな人種にしか通用しなさそうな表現をいたしますと、
この小説は「機動戦士ガンダムの皮を被った宇宙戦艦ヤマト」です。

機動戦士ガンダムと宇宙戦艦ヤマトの間には、
到底相容れることの出来ない深い深い溝があるのですが、
個人的には唾棄すべき取り合わせだと思うのですよ。

…と、いうわけで私はどうにも気に入りません。


常々、思っていたことなのですが、
日本の作家さんは「被害者としての日本人像」を描く能力には長けていますが、
逆をする人は余りいないようですね。
結局のところ、海戦から敗戦に至った筋道を
「軍部の無能」という言葉でしか表現できていない。

この話においても、
ストーリーの要となるカラクリはナチスが産んだことになっています。
一応、人種や国家といった枠について触れるために、
ドイツとの関わりを増やしておく演出なのかもしれませんけれども、
歪んだ人体実験を繰り返していた人々が必要なら、
日本にも悪名名高き531部隊が存在したではありませんか。

わけのわからん実験の末に怖ろしいものを造り上げるのが全てナチスドイツの役回りで、
それが争いを引き起こす発端となり…
って、それじゃあまるでハリウッド映画ではないですか。


ハリウッド映画で起こる事件や陰謀の半分は、
ナチスドイツの負の遺産や、地下に潜伏していた残党が原因である(当社独自調査による)


嗚呼、なんと陳腐であることか。
そんな思考停止で作家になれるのなら…悪くない世の中ですわね。

まぁとにかく、致命的に悪いことをしているのは日本人ではない、というお話です。


私の知っている古典的な名作の要素を持ち出して、
いくつかを混ぜ合わせて、
扇情的な言葉を操り、死を美化し、
挙句の果てには「近頃の若者は…」で終わる、壮大な物語でした。

お好きな向きもいらっしゃるのでしょうね。えぇ。


あーあ、こんなものでも私の愛するSFに分類されてしまうんですか?…やれやれ。
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2005年05月08日

菩薩の拳

広い世界のほんの一部に熱狂的なファンを持つこの方の近影です。

     次兄の膝の上で

生後三ヶ月経過し、首が据わりました。
今までの彼女は抱っこされた上に歩いてもらうことを要求してきたのですが、
今度は要望も進化し、抱っこを縦にしてもらうのがお気に入りです。

要求は極めて簡潔かつ効果的な方法によって主張されます。
…不満があったら泣くわけですね。

赤ちゃんは空気を読むこともしないので無敵ですな。

人間の成長というのはつまり、
より効率の良い文句の言い方を覚えることだといえます。
我が姪っ子はまだ言語の習得には至っていませんので、
要求が反映されない場合には「それじゃない!」ことを表明するわけですが、
これは効率性という見地からみると非常に幼稚な方法であるといえます。

大人になるにつれて単刀直入に用件を口にできるようになり、
要望を達成するために交換条件を提示できるようになり、
第三者を介入させて目的を果たすことができるようになります。

こうして、人間は一般に成長に伴い婉曲で確実な欲望充足の手段を身に付けるのですが、
ここで私が注目したいのは、

そのエキスパートであるはずのオトナがなぜ赤子の要望に諾々と応じているのか?

という矛盾です。


これが単に私の論理の破綻を示しているとお思いになったアナタ、
少々見識が甘いのではないですかな?

大人になっても稚拙な手口で要求を叶えている人を、
見かけた記憶があったり、実は身近にいたりはしませんか?

そう、この謎の先にあるものに辿り着くことができれば
おねだり上手な女性の技術を身に付けることができるのですよ。

妙にチヤホヤされているあの子の秘密を知りたい女性の方。
並びに、あの本能に訴えかける一撃にほとほと手を焼いている男性諸氏。

原理さえわかれば使用するのも回避するのも思いのままですよ。


解析に成功したら私にだけそっと耳打ちしてください…切に…
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2005年05月06日

come come club

常々、思っていたことなのですが…

日本は米国の属国ですよね?

当たり前の認識だと思っていたのですが、違うのですか。
これは中学時代のことですが、
何故こんなにも英語の学習に皆さんが熱心なのかを考えて得た結論です。
宗主国の言語は習得しないと本国での生活に支障を来たすでしょう?

他にも論拠はいくらでもありますが、不要でしょうから省きますね。


中学生でも理解できる大前提を無視しての議論は滑稽ですよ。

皆さんだって思い当たるフシは沢山あるはずです。
ほら、ね?
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2005年05月03日

にるとかにないとか

私はそれほど個性的な顔立ちをしているわけではありません。
特徴のない、扁平で面白みのない造型が頭部前面に設置されているわけです。

それゆえかどうかは定かでありませんが、
私は他人に似ていると言われたことが殆どありません。

例外は、二人の兄の存在が作り出しているのですが、
それなりに似ているそうです。

最近は老け込んだせいか、全く気にしなくなりましたが、
昔の私は兄弟が「似ている」と言われるのが大嫌いでした。

幼い子には特にその傾向が強いものでしょうけれど、
ヒトは自分自身のことを特別な存在であると思い込みたがるものです。
誰かに似ている、ということは、
表皮について、その特別性を侵害されていることになりますから、
これに不快感を覚えたのも不思議ではありません。

最近の私が気にしなくなったのは、
自分の存在など特別でもなんでもないことを知っているからですね。
私が末っ子として育ってきたことは、
今となっては「私が私であること」の主要なパーツですらありますから、
兄との共通点が多いことはもはや当然のこととして受け入れています。

生活における局面の九分九厘まで、
無個性でこれといった特技も持たない私は他者と交換可能です。
私の代わりなどいくらでもいますよ。世界は広いのですから。
ですが…家の中の私にはどうやら代わりはいないようですね。
それが家族というものの意味かもしれません。私にとっては。

もちろん、他の方がどのような「自分観」を抱いているのかに私は介入しませんし、
何を大事にして生きるかなんてことは自由であるべきだと思いますから、
私はその感覚を持っている方を尊重するように努めています。

ご自分のことを「かけがえのない私」と感じていらっしゃる方は多数派でしょう。
それは正しいことだと思います。
漠然としたイメージですが、
そう思っていないと生きていけない方も多いのではないのでしょうか。

私にとってはどうでも良いことでも、
他人様が大事にしているものを踏みにじるのは私の主義に反します。


これが、私が他者に向かって、
「あなたは○○に似てますね」とは口にしない理由です。
それが外見の話であろうとも、精神性の話であろうとも。

そういうお話を好む方もいるのかもしれませんが、
いささか無神経な物言いのように感じるのは私だけでしょうか…


余談になりますが、
私は外見について人が誰に似ているか、ということに無頓着なようです。
その発想は私の脳内にありません。

精神性については活発に過去に出会った人物を参照し、
盛んにレッテル貼りをしながら会話をしているようです。

私の脳に住む小人さんたちの作業の成果は、
出会った人の顔と名前を一致させるために使用されています。

似ている似ていないの話からはそれますが、
「大事にしているもの」が同じ人たちと話すときは、
会話中に気をつけるべきところが同じなので、少しだけ楽ができますね。
それはとても下らないことのようですが、私にとっては重要なのです。

私の短い生涯ではまだこの程度の成果しかありません。
どこまで他者に触れることができるか、
これは私の趣味といっても良いのかもしれませんね。
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2005年05月02日

さすらってイヌミチ

我々は現世を犬のようにさまよう、生と死の象徴なのではあるまいか?


私が6歳の頃から愛読している漫画からの引用ですが、
表現が犬に失礼なような気もしますね。
発言者はシマリスなので許してあげて下さい。

生まれ方も死に方も、私には選ぶ権利がないのでしょう。
満足の行く死、なんてあるのでしょうか。

それを助けるのが信仰かもしれませんね。
信じるものが神仏に限らず、己の力量を頼みにするのも広義の信仰でしょう?

いつどこで断たれるかわからない命ですが、
これっぽっちの人生ではまだまだ何も悟れませんねぇ。
私がいい加減に生きているだけですか?

日々の生活に感謝の気持ちを感じていられれば、
笑って死を迎えることができますか?


それでもまぁ私はここまでよく生き延びていると思うべきでしょうね。
いまのところ長生きしたいわけでもなく、
生きていたところで有意義なことなどしそうにないのですが、
今、死が訪れたらそれでも何か心残りがありそうですね。

しかしまぁ死後のことは情報がありませんし、
さっぱり予測も付きませんが、
だからこそ考えていて飽きのこないテーマです。


いつの日か境界を越えるときに私は何かを見られるのでしょうか。
ちょっと、楽しみでもあります。

さて、今日もせいぜい張り切ってさまようとしますか。
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2005年05月01日

花嫁募集中(仮)

新しい月に入りますとレイアウトの関係で、
記事を書かないことにはなんだか閉鎖しているようにみえてしまいますね。

そんなわけで何かを書いてみようと思うのですが、
何をテーマにすればよいのか…

困ったところで、私の愛するSFのお話でもしますか。
最近、特に強く感じることですがSFとファンタジーの垣根はあって無きが如しですね。
ともに今ある世界とは違うものを想定するところから始まりますから、
現実に不満がある方にとって格好の避難所になるとかならないとか…

私はどうか、ですって?
そりゃあ野暮な質問というものですな。

そんなSFさんですが、私には少々気になることがございまして、
よく考えるとコトはSFに限らず創作活動全般に関わるのかもしれませんが、
なんだか同じようなテーマのものが多すぎませんか?

用語としてどれだけ確立しているものか私は存じませんが、
おそらくSF用語でしょうな…

「フランケンシュタイン・コンプレックス」

という言葉をご存知でしょうか?
怪奇小説の古典的人造人間として名高い彼の名を冠したこれは、
「造物主を弑す被創造物…というイメージへの畏怖」
とでも説明すればよろしいでしょうか。

もっともわかりやすい例を挙げればロボットの反乱でしょうか?
今やとってもよくある話になってしまっておりますし、
高性能のロボットやコンピューターが出てくるとほぼお約束になっている感すらあります。
水戸黄門で喩えるのなら由美かおるさんの入浴シーン程度のお約束さです。

実際に人を殺すほどの高性能なロボットを造り出すのは大変な手間だと思います。
三歳児でも構いませんから、拳銃を渡した方がよっぽど危険で手っ取り早いのですが、
そんな構図の小説はあまりみませんな。

このテーマはヒトとコンピューター(ロボットも含みます)の関係で語られることが、
西欧世界では殆どなのですが、
これが日本へやってくると時折ですがカミとヒトの間で語られ、
ヒトがあっさりカミを殺したりします。おぉ、なかなか大胆デスネ。

信心という言葉をどこかに置いてきた者たちならではの描写ですが、
日本人の書くプロットにはやたらと尊敬に値しない安っぽい神様が出てきたり、
どこか人間性の壊れた人が神様になりたがって、
「私こそが神と呼ばれるそれとなるのだ」
とか回りくどい台詞を吐いた直後に逝去なさったりしますが、
説得力のある神様を描ける人がいないというのも変わった国民性ですわね。

おっと、話をSFに戻しましょう。
「創作は現実を映す鏡である」という格言(2005、kamelliaによる)に従いますと、
当然、現実の世界でも人類はなにか創造物に裏切られなくてはなりません。

えーっと、そうですね。
フロンガス、なんていかがでしょう?

今ではオゾン層を破壊し皮膚ガンを量産する諸悪の根源のようにいわれていますが、
元々は機械の洗浄用に開発された夢の新物質でしたよね?
…もしかすると、最近の若い方はこれをご存知なかったりしますか?
無害、無臭で不燃性。化学的に安定しているので、
フロンガスは機械に吹きつけようと人体に吹きつけようと問題のない気体です。
一昔前はヘアスプレーなんかにも使われていましたね。

化学的に安定しているので分解することも出来ずに、
我々はオゾンが破壊されるのを指を咥えてみているだけ、という皮肉な構図とともに、
人類が全知全能にはほど遠い存在であることを思い知らされた一件ですな。
これがあるから…というわけではありませんが、
我々の世代に科学万能主義者はあまりみかけません。
見事に、バベルの塔ですなぁ。

余談になりますが、そのフロンガスがオゾン層を破壊していることが判明してから、
化粧品生産で有名な企業はみな競って、
「フロンガスを使用してません」表示の入ったスプレーを売り出したものでしたが、
もうちょっと色々と社会的に活動する義務が残っているように感じたのは、
私だけでしょうか…当時私は小学生でしたが、物凄く違和感を覚えたものですよ。

またまた話が逸れてしまいましたね。

私の愛するSF…に分類されるお話…の中に、
舞台装置としてフランケンシュタインの怪物を召喚するお話が多すぎて、
私、正直、食傷気味です。

「2001年宇宙の旅」でならまだ許せますけれど、
「マトリックス」の時代になってもまぁだそんなコトを言っているのかと。

ちっとも、奇をてらう必要はないと思うのです。
ただただ、似たようなお話にちょこっと飽きてきただけなのです。
それゆえ、私はファンとして心からこう願うのです。


あぁどうか私めに面白いSFをお恵み下さい。神様。
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フルブレイク・ガン・アクション

今日は今日とてゲームのお話。

あ、そうそう、しっかりプレイ料金を納めている大航海時代onlineですが、細々と続けていますよ。
スクリーンショットでも貼りますかね。

名倉氏   ヴィーナス   ペルセポリス.jpg

ちょっと古いものですが、こんな感じです。
あまり人と交流していないように見えるかもしれませんが、
勝手に写真を撮るのも気が引けますので。


話は変わりますが、「THE 地球防衛軍」というゲームをご存知でしょうか。
simple2000シリーズの一本ですから、定価も2000円程度で非常にお手ごろな上に、
内容もお値段を言い訳にしない見事な出来映えです。

「2人同時プレイ可能。対戦、協力ともにOKだ。
 防衛軍は1人じゃない。でも2人しかいないぞ!」

友人の家に持っていったらいささか盛り上がりすぎた記憶もあるゲームです。

基本的に、巨大な蟻の群れに囲まれるところから始まるので、
虫が嫌いな方にはお薦めできないような、嫌いだからこそ楽しめるような…


で、これだけなら別段どうということもない情報なのですが、
このゲーム、七月に続編が出ます。

THE 地球防衛軍2 人類滅亡のカウントダウン再び


それでですね、
人類滅亡というキーワードと七月発売であることには相関関係があるのかどうか、
皆さんがどう思われるか私は気になって仕方がないのですよ。
posted by Kamellia at 14:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 今日の思いつき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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