2005年10月31日

今日はこの辺にしといたるわ

本当はそんなことをしている場合ではないのですが、
なにぶん先約でしたので、バス消してきました。
しばらく見ていない内に随分と大掛かりなこともやるようになったのですな。

年単位で久しぶりにお会いできた方もいましたね。
正直なところ、顔と名前の一致がギリギリのラインの人も、でした。

人としてどうかと思いますから認めたくないことですが、
比較的、男性のデータはすぐに忘れます。
必要度の違いが露骨にでるのでしょうか。
ま、長いこと会っていなければ男女の別なく情報が消去されていくのですが。

きっと忘れていたのはお互い様でしょう。
私は特徴がないですからねぇ。

そういえば、とあるアルバイトをしていたときに、
「普通は一回で全員の名前を覚えるものじゃないですか?」
というようなことを言われた記憶があります。

「あなたの名前も含めて微塵も興味を感じないもので、すみません」
とは流石に口走らなかった私は、確実に大人への階段を昇っているのですね。
これが良識というものなのでしょうか。

話が変わりつつありますが、もうそれでもいいかもしれませんね。
バス消した話には、それほど説明する要素がありませんし。

私の記憶は視覚にたよる面が強いのか、
名前は字になっているところを見ないと覚えられません。
「サイトウです。」
なんて言われただけでは、同じ日に遭遇した。
ゴトウさんやサトウさんイトウさんとコンドウしてしまうことでしょう。


ふーむ、バス消した疲労がまだ癒えていない感がありますね。
次回があったらもう少しちゃんとトリッキーにやりたいと思います。
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2005年10月30日

浪漫的アイロニー

このブログについて、ある読者様から質問を戴きました。

「何故、このブログは文語体で書かれているのか?」

至極ごもっともな疑問・詰問でありますね。
というのも、その質問者は私の普段の口調を知っており、
ここでの文体がそれとかけ離れていることを不審に思ったのでしょう。
それに、web上で見かける文章の多くは口語体でありますし、
更にいうならば、web専用の新しい言語や表現が次々に生まれ、定着しつつありますね。
簡単に例を挙げるのならば、アスキーアートや顔文字などになるでしょうか。
発音不能なものもかなりありますが、あれは新しい文語の一種とも言えるのでしょう。

先の質問に返りますが、私は反射的に、
「文語体でも綺麗に皮肉を書けるようになるための練習なので」
と答えたのですよ。
が、これは嘘ではありませんけれども、決定的な動機ではないと思います。


私の文章でも時折、わざと交えてはいるのですが、
えーっとですね、ほら、あれですよ、アレ。
なんと言ったら伝わるかなぁ、そのぅ…えぇっと、うん、そうだ。
こうやって口語をそのまま文にするとなんてゆーかその、読みにくくね?
あのさぁ、昔っから言葉は人を作るっていうじゃん?
それだよ、それ。
口語なんて練習したら表現の幅が狭まってく一方だっつーの。
語彙を増やす気がなかったらこんなめんどいことわざわざやんねーべ、フツー。
いちいち時間割いて文章考えて、自己顕示欲を満たすためにアップして。
しかもナカミ超くだらねーってバッカじゃねーの?いっぺん鏡見て来いや。
どの面下げてるか拝んだら、きっと勉強になると思うぜ?
たまに見かけちゃうけど、2ch語を2chの外で使うのはめっちゃハズいことだしね(ワラ
あれ見かけると、素人どもはすっこんでろって思うじゃんか。なぁ?


これ以上は耐えられないのでこの辺りで切り上げますが、
知らない人には通じない言葉を使うのは、その場所に限れば良いのですよ。
ここだけの話になりますが、某所ではqあwせdrftgyふじこlp
なんて書いていたりもしますよ。あー、恥ずかしい。

おっと、書き忘れると大変なことになりそうですが、
上記の例文の内容には具体的な意味を持たせていません。
なんとなく、私が口にしそうな言葉を並べただけですから。

練習といっても、鍛錬、訓練といっても結構ですが、
ここで使う言葉は少なからず普段の言葉遣いに反映していきます。
私は口語の中に文語的な表現が増えることはとても良いことだと思うのですよ。


実年齢よりも高く見られがちな原因はコレなのかもしれないのですが。

外見が不自由な分、せめて言葉だけでも自由に操れるようになりたい。
そう思っている結果だと察して下さると望外の喜びなのです。
それが以心伝心で伝わってくれるのならば、もう言葉なんていりませんね。
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2005年10月29日

石頭

私には、何もわかりません。

たとえご当人のモチベーションになっている出来事であろうとも、
内輪の話を説明なしにされたところで一向に理解ができません。
どうして、関係の無い話を始めるのでしょうか。
説明をしてくれないのは、求めない私が悪いのでしょうね。
そもそも興味がない、というのは言い訳にもならないのです。

次がある、などという意識でやったことなど一度もないもので、
「集大成」という概念が今ひとつピンと来ません。
私の性格では「集大成だから…」という意識は枷にしかならないと思いますし。
常に自分のできることの限界に近付こうとするのは当たり前のことですから。
普通はこれっきり、だと思います。
人生にやり直しなどききませんし、だからこそ私はいやいやながら生きています。
瞬間を取り戻せたら、それは素敵なことですけれど、堪らなく苦痛でしょうね。

次の無い人間には集大成などそもそも有り得ないものです。
それが私なのかもしれません。
次を考えられる感性は羨ましくもあるので、私は何か、醜く嫉妬しているのでしょう。

自分が交換不能の立場にいる、という世界にいる方には理解されないでしょうね。
私の代わりなど誰にでも務まりますから。
自分が外される危機感と共に生きる感覚がない方とは、会話する自信がございません。
実現性がなければプランなり人間なりが淘汰されるのは、
当然のことだ、と思っている私がずれているのでしょう。

話を持ちかけられて、引き受けた時点で、どんな出来事も他人事ではないはずなのに、
耳にする内容の殆どが他人事のように聞こえるのは何故でしょうか。
私が何か意固地になってしまっているのでしょうね。
ああ、しかし、時間は貴重なはずです。お客様に関わるときならば、特に。

身内の顔色を窺って仕事なんてできません。
自分が救われる可能性など想像もできない私には、
どこでどう気を使えば良いのかすらわかりません。
それに、それはこの上なく相手を見くびった、失礼な行為だと思えてしまいます。
そんなことが私にできるわけもないのです。

結局のところ、芸術に携わる方々の思考は私にはわかりません。
きっと私が芸術に向いていないか、未熟である証拠なのでしょう。


私には、何もわかりません。
やるべきことをやろう、と思います。
携わった時点で私のものでもある、ということくらいは理解していますから。

私には人間味が足りないのか、単純に無能なのか。
両方ですね。この結論も一体何度目になることやら。やれやれ。
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2005年10月28日

たのもう

何の気まぐれか、ポップンマッシュルームチキン野郎の公演、
「おい!麗子さんがご機嫌ナナメだぞ!!」を観てまいりました。

ま、お芝居の話はさておき、ますが、
観終わった後に私に付き合ってくれた友人たちと話していたら、
フットサルやりましょうよという話になりました。

市ヶ尾・F・トカレフのメンバーが数人出演しておりまして、
まぁ何と申しましょうか、
親睦を深めてみたいような気分になった人がいるようです。
対戦相手に事欠くトカレフとしては悪くない申し出ではありませんか?

実際のところ、具体的な話は全く動き出しておりませんが、
私はこのマッチメイクに前向きですので、
実現できるように尽力したいと思います。

皆さん結構いい年になりつつありますが、
ボールを追いかけて親睦を深められるのなら、それは素敵なことですね。
そんな単純なことが、ただただ大事なのだな、と。
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2005年10月26日

曰くつきのお話ですもの

国語のノートを横書きで取っている人を見かけてしまいました。

どんな形式でご自分のノートをまとめても良いと思いますし、
他人の流儀に惑わされること無く、自分に最も適した方法を発見しているのなら、
それは賞賛に値することだと言えるでしょう。

しかし、縦書きのものを横書きで書き取っていく行為は、
傍からみていてかなり違和感のあるものですね。

私は、ちょっと、できません。
ちょくちょく漢詩などからの引用も、やりたいと感じるのですが、
形式を変える違和感に耐えられず、とうとう果たせずにいます。
仕方が無いので形を崩したり、引用を匂わすだけに留めるなど、
消極的な表現で妥協をしているのですよ。

一度、和歌の引用もしましたけれど、どこかすっきりしない気分でした。

私の頭が固いのですね、きっと。
アルファベットを縦書きにするわけでもあるまいし、
こうして冷静に振り返ると、さほど気にするようなことではないとも思えるのですが…

「學而不思則罔,思而不學則殆。」
と書いてみても、困ったことに私の伝えたいものにはならないのですよ。
横書きで孔子に出会った人はそれほどいないでしょうから、
これってパッと見て意味を把握できますか?
それでは意味が無いのです。

とはいえですね、
「学びて思はざればすなわち罔し、思ひて学ばざればすなわち殆し。」
とは書きたくないのですよ。
書き下し文は、原典とはいえませんでしょう?
これはどうにも中途半端にしか意図を反映しませんから、よくありません。

では、
「学んでも考えなければ物事ははっきりしない。
 考えても学ばなければ独断に陥って危険である。」
と書いてみたらどうでしょう?
一般的な現代語訳を書いてみてはいるのですが、
元々の文章からどのような訳や教訓を得るのか、ということは、
解釈する人の数だけ変わっていくものだと思いますから、
この訳をみて100%の方がこれが孔子の引用であることに気づくとは思えないのですよ。
そもそも私の訳はこうなりませんし、ダメです。

と、ここまでの試行錯誤を繰り返した上で、
私がいつも書いている記事はどうなるかと申しますと、


「私も下らないことばかり考えてないで、少しは勉強もしないといけませんねぇ」

という形になります。
これにもう少し関係のない連想の結果を加えまして、

「ほら、昔の偉い人が仰った言葉もあるじゃあないですか。
 『失敗は発明の母』と。そんなの常識ですよね。」

と、学校嫌いで有名な偉人のお話を強引に繋ぎ合わせてしまうと、
なんだか私の文章らしい体裁が整ってしまうわけです。


あらあら、孔先生はどこかへ消えてしまいましたね。
このように、引用というのは難度の高い技術なのですよ。
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2005年10月25日

真紅の輝き

かつて、といってもさほど昔ではありませんが、私は友人に
「10個ものを言ったとしたら、その内の10個が嘘である」
と評されたことがあります。

正確には、人に対してそのように紹介・解説をされたのですが、
私のことをよく知らない方がそれを聞いたら、
まるでそれが冗談のように聞こえてしまうのではないかという懸念がありますね。

そう、私は無類の嘘吐きです。
時折は嘘を吐くこと自体が目的となるので、内容に全く意味の無い嘘も吐きます。
そのくらい、筋金入りの嘘吐きです。
私の言うことなどいかなる意味においても当てにするべきではありません。

本当のことなど、聞いてどうするというのですか。
本当のことなど、伝えてどうするというのですか。

ブラウン管の中にも、
教科書の中にも、
舞台の上にも、満たされているのは紛れも無い嘘の塊です。

エンターテイメントとして求められるのは真実ではなくて虚構でしょう?

さもなければ、誰がお芝居をみますか。
ノンフィクションの台本に演出家がいるのは何のためだと思いますか。
おっと。手品は魔法だから真実ですよ?あれは唯一の例外です。てじなーにゃ。

皆さんが生きるために嘘を吐き、また生きる為に嘘を必要としているのなら、
私は甘んじてそのお役目を全うしようではありませんか。
詰まらない真実よりも、面白さを含む嘘を。
元来は正直者である私が敢えて嘘を吐き続け、努力と研鑽を重ねているのです。

感謝こそされますが、決して後ろ指をさされるような生き方をしている覚えはありません。
これからも私は『嘘吐き』の称号を持つものとして誇り高くあろうと思っているのです。
半端な覚悟では引き受けられないお役目であることは、
皆さんもそろそろお分かりいただけていることと存じます。


こんなことをわざわざお断りする必要などないとは思うのですが、
本日の記事の内容は全て真っ赤な嘘ですよ?念のため。
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2005年10月24日

いいねぇ〜

「本日は○○線をご利用いただきまして、誠にありがとうごさいます。
 次は、終点…」

というごくごくありふれたアナウンスを聞いて、
「ふっふっふ。本当に利用されているとも知らずに、いい気なものだ」
と、どこからともなく悪役の台詞が幻聴となってあらわれ、
次に、ゴリヨウの再変換が始まりまして、「ゴリ用」と表記が変わりました。

ゴリヨウを頭の中で数回唱えてごらんなさい。
ご利用よりもゴリ用の方がしっくりくることが分かるはずです。
それが私の言語感覚らしいですよ。

もちろん、その後は『ゴリ用は計画的に』という言葉に主題が移りました。
嗚呼、このフレーズは一体何をどうするべきだと訴えているのでしょうか。
全くもって意味不明ですね。ゴリって何ですか。

そういえばこの夏あたりからでしょうか、
消費者金融の流すコマーシャルには一様に画面の最後に
「バランスを大切に」だとか、「事前にしっかり計画を」といった、
ちょっとみた限りではどの会社も同じ画面に同じ文面を表示していますね。
日本民間放送連盟あたりの定めたルールなのでしょう。

が、ここのところ我が国で一番?元気のある業界だけあって、
テレビにこのCMが流れること流れること。
それがどこも同じように指定された言葉を伝えるので、
同じCMも何度も何度も何度も何度も見させられている気がします。

あぁ、金融業が元気な国にロクなことはありませんので、
さっさとこの状況が打開されると良いですね。
お隣の国ではカード破産する若者が好景気を支えている構図があるような。
それは本当に景気が良い話だとは到底思えないのですがね。

またまた余談になるのですが、
皆さんは他人の借金の保証人になるのが怖ーいことであるのはご存知ですよね?
その上を行く連帯保証人というものもあるのですが、こちらはいかがでしょう。

一度体験してみたいな、と思った方は迷わず私に連絡を下さい。
連帯保証人の素晴らしさを骨身に沁みるくらい教えて差し上げます。
これはもちろんただの親切心から出た言動ですよ?
下心なんてないです。たぶん。

先に連帯保証人を捕まえてから向かえば、
「ご利用」が「計画的」になるのではないか、と思うのですが。


合コンが始まってから持ち合わせのないことに気が付いて、
ついつい地球に寄ってしまった件の宇宙人は、
おそらく今頃マグロ漁船にでも乗っているのでしょうなぁ。哀れでなりません。
腎臓が片方なくなってたりして。おっと、これは禁句ですかな。

同席してる友達は立て替えたりしてくれなかったのですね。
人間関係も、バランスが大切ですよ。まさしく。
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2005年10月23日

少年は大志を抱き方程式を解く…だけか

先に、この辺りでお断りしておく必要があるのかもしれません。
ここ数日、妙な刺激を受けたせいか私の回路は少し暴走を…
そう、熱暴走を起こしているようで、
続きを読むをクリックすると冒頭と全く関係の無い話が展開されていたりと、
無意識に読者の方には全く嬉しくない構成を組んでしまうように、
当ブログの自己満足度が急上昇しているきらいがあります。

これは本当に本当によくない傾向です。少し頭を冷やしたいと思います。


若者の相手を誠実に務めるのは非常に困難なことです。
私は面倒なことを何より避けたい性質ですから、
全くもう、手を抜きたい気持ちを堪えるのも楽ではありませんね。

…そんなところで努力をしなければならない私は芯から腐り切っています。


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2005年10月22日

逃れえぬ履歴

本人が忘れ去っていたような過去が突然掘り返され、
当人を唖然とさせる、などということは良くある話ではありますが、
実際に当事者になってみると、これはまた意外性のある出来事となるのですね。

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2005年10月21日

四六時中も監視中

こんなことをしている場合ではないのに、
眠っておかなければ体が持たないのに、
何故、目を覚ましてPCに向かっておるのか、自分でも不可解です。

眠くて眠くて仕方が無いのに短い眠りで覚醒してしまうのは何故かしら。
こんなこともあろうかと枕元に仕込んであるもので二度寝酒と洒落込むべきでしょうか。
否。そんなことをしても目は冴える一方でありましょう。
足りなくなってのそのそと起き出すのが関の山ですよ。私は下戸ですが。

というわけで、ちょっと嬉しいホットココアを啜りながらの更新です。
いつの間にやら、季節は移ろっているのですねぇ。


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2005年10月20日

1/2

「A型っぽい」だとか「B型っぽい」だとか、
それを基準に輸血をしたら随分と愉快な結果になりそうな、
そんな会話も世間ではなされるようですが、
私は血液型で個人を識別しているわけではないので話について行けません。

それで、もうちょっと私が興味を持つ話題に換えたいと思いますが、
その系統の話では、よく「女兄弟がいそう」と言われます。
体感ですが四人に一人以上の方にされる指摘ですね。
家族構成までは知らなくとも私をご存知の方々、私にはそんな印象がありますか?

とっくに知っておられる方は今更なにを、とお思いになるでしょうけれど、
私は純然たる男所帯の出身でありまして、少し年の離れた二人の兄を所有しております。

一部ではつとに有名な話ですが、私には少なからずブラコンの気があるそうです。
兄弟の仲が良いのは悪いことではないと思いますけれど。

改めて書きますが、私は男ばかりの三人兄弟の末っ子です。
つまり、「女兄弟がいそう」な印象は事実とは大きく隔たっているのです。
人を外見で判断すると事実を見誤るという教訓にもなりそうですが、
「女兄弟がいそう」な印象が発生したところまでは事実ですから、
その原因には興味をそそられますね。

そもそも「女兄弟がいそう」というのは、どんな雰囲気なのでしょう。
私をよく知る人に尋ねてみたところ、
「あんたは女っぽい」という貴重なコメントを頂きました。

…参考になるようなならないような。
私の女性的なところって、どんなところですか?

それをさておくとしても、
「女兄弟がいれば女性的になる」というのは本当に正しい認識なのでしょうかね。
数え上げれば反証の方が多く挙がりそうな予感がしますよ?

逆に「男兄弟がいると男性的になる」かというと、
これも反証になりそうな人が沢山脳裏をよぎります。
私と同様に二人の兄を持つ人物を知っておりますが、
彼もどちらかというといわゆる男臭さとは遠い人ですなぁ。

生き物は多かれ少なかれ影響を与え合っているものですし、
家族ともなればその影響力が他に比べて多大なものになるのは自然なことでしょう。
しかし、人間というものは朱に交われば赤くなるとは限りません。
カツオ君のどこが女性的なのか、どなたかご教授いただきたいものです。

私はステレオタイプを絵に描いたような人間ですが、
私の兄たちはひょっとしたら変わり者なのかもしれませんよね?

大切なのは他者を型に嵌めて見ることではなく、
常に剋目して相対する心構えなのだと思うのですよ。


そういえば、こういったお話をお好みになるのは、
どちらかというと女性の方が多いような気が致しますね。これも性差でしょうか。

という発言が、適切ではない、というお話でした。おそまつ。
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2005年10月19日

オオモリの夜は更けて

強くその必要を感じたので、反省会を開催しました。
参加者は二名。
何の反省会なのか、と聞かれましても、答えにくいのですが、
敢えて表現するのならば、これは人生の反省会です。

結局のところ、どのような反省点が出てきたかと申しますと、
「生きててすみません」といったような内容であった気がします。
んー、間違ったかな…?

それと、最近の牛角の店員さんはお客さんをいじるらしい、
ということがわかりました。
もしも、そのお客さんがノスタルジーから逃げない性質をお持ちだった場合には、
ちょっとお食事処らしからぬ空気になってしまいそうな気もしますが…
ま、臆病者として知られる私には全く関係の無いお話ですね。

そんなわけで、日本昔話風に盛られた御飯を平らげた私は、
意気揚々とjiffy氏の部屋へと転がり込んだのでした。
毎度のことながら、気軽に泊まりすぎですね。
良い機会なのでこの場をお借りして口先だけで謝っておきます。ごめんなさい。


なんだか無意味に長くなりましたので、続きを別にしました。
お時間のある奇特な方のみ、お読みくださいな。

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2005年10月18日

街の明かりがとても綺麗ねと彼女は呟いた

その日の目覚めはとても爽快なもので、
私は突然現れた複数の巨大な蟻にハラワタを食い破られた激痛で目を覚ましました。
それは血啜られ肉喰われる素敵な悪夢の終末でしたから、
そこからはきちんとした睡眠を取り直すことも出来ず、
私は、すこぶる不機嫌にベットから降り立ち、時間の経過を待つことになりました。

そんな、幸先の良い一日。

それは、このブログを舞台に咲いた、小さな奇跡の続きとなるお話です。

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2005年10月17日

旋律はブルー

一年ほど前、まだこのブログを始めた頃には、
私の書く記事が長いという苦情をよく頂いたものです。
自分ではコントロールできないので、その声に応えることはできず、
黙殺し続けるような形になってしまいました。

それが今となっては皆さんここを訪れなくなりまして、苦情もさっぱり来なくなりました。
結果から言えば苦情は無くなったのですから、
私の経営方針は正しかったことになります。

起こった出来事をどのように解釈するのか、
「事実は人の数だけある」というような言い方もされますが、
私の見解では事実というものは常に人の数より多く存在するものです。
皆さん、ひとつの出来事に対して持っている事実はひとつだけなのですか?
本当は、そんなはずはないと思いますよ。
いくつかお持ちでしょうに。ねえ?

「真実はひとつ」
といった、これもまた過分に怪しさを内包した言葉もありますね。
結局のところ、事実の積み重なり以外に我々が知るものはないので、
真実とやらに到達することはありえないのですが、
やけに人気がある言葉ですね、真実。

どうしても真実とやらを知りたくば、
人であることを止めて神の視点に立たなくてはならないのでしょう。

もうひとつの真実の探究は、その、
メフィストと呼ばれるちょっと人の手には余る何かと契約する道ですけれども、
こちらはあまりお薦めできません。
人の身で知ることのできる全てを修めてから始めても、
最後に救われるかどうかかなり際どいコースですから。
地獄巡りに興味のある向きは、どうぞ。危険な賭けですな。
それに…真実に到達しているといえるのかどうか、あれはどうなのでしょう。

と、信心のカケラも持ち合わせていない私が、
神だの悪魔だのの名前を持ち出して…滑稽ですね、実に。

と、まぁこんな具合に相も変わらず長い長い文章が続いております。
中身の無いのに長い話、といいますと、
これはもはやクダを巻いている酔っ払いのごとく迷惑極まりない存在ですね。


さすがになんとかするべきだと思いますので、
今度、湯島天神にでも願掛けに行って参りますね。
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2005年10月10日

show must go on

このブログの存在に関するヒントのようなもののお話です。
私が消されたりするような内容にはならないと思うのですが。


何かにつけてよく言われる言葉だと思いますが、
「人は誰しも自分の人生の主役である」
という主張はこの個人主義の風潮の強い世の中でさかんに喧伝されています。

それって本当ですかね。

私の個人的な話で申し訳ありませんけれども、
私、自分の人生の主役が自分である実感など湧いたことがございません。
逆に他人様を見ていると、
「ああ、この人は自分が主役であるつもりで生きているのだな」
と感じることが多々あります。

むしろ私の場合は、
「他人様の人生の脇役である自分」
を強く自覚して生きている、といった方がしっくり来ますね。
この実感は、強くあります。疑いようも無いくらいに。
世界には、主役と脇役に割り振られた二種類の…もしかするともっと多種にわたる…
人種に分かれているのではないか、とそう思うこともありますね。

この感覚を主役の方々に理解して頂けるものか、自信がございませんけれど。

『終日逡巡』という名のこのブログは、
私がよりあなたの脇役らしくあるためのファクターです。
人によってはもはやここで接することの方が多いのかもしれませんね。

私に接してもどこかリアリティの欠けた人格を皆さんはお感じになると思いますが、
ここはその現実感のなさを裏打ちする機能を持っております。
何を考えているのかわからない、
どんな生活をしているのかわからない、
いつも少し風変わりで不可解な思考を披露することを好む。

そんな出演者として活動するために監督が指示を出しておりまして、
私もこうして少々苦労しながら文章を編んでいるのですよ。
そんなにいっつもいっつもネジのはずれた文章ばかり書けませんよ、全く。
これはひょっとしたらミスキャストなのかもしれませんね。

配役を変更することになったとしまして、
私が出演をしなくなるということは、私が存在しなくなるということです。
個人的にはそれでも構わないような気もするのですが。

一介の出演者らしく媚びて締めることに致しましょうか。


皆様の人生にちょっと変わった風味を添えるトッピングに、kamelliaを。
そしてその接点としての『終日逡巡』を、どうぞご贔屓に。

たまには出演させるように監督さんに掛け合ってくださいな。
絶対的な主役、なのでしょう?あなた様は。ね。
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2005年10月09日

an Amazing chocolatier

先日に引き続き、
映画「チャーリーとチョコレート工場」のお話。

まだご覧になっていない方を置き去りにしてしまうかもしれません。
先手を打って謝らせていただきます。

誠に遺憾であります。

と。こんなもんでいいですかね。
本題に入ります。

この物語の主要な登場人物に Willy Wonka という人がおりまして、
件のチョコレート工場のオーナーなのですけれども、
コレがまたかなり素敵な変人なのですよ。

「イカレてる」といった表現がしっくりくるので、
変人や変わり者というよりは、むしろ狂人、の方が近いのかもしれません。
私はそこに無限の魅力を感じるのです。

…が、あれは、常識的な人間からすると、ギリギリのところらしいのですね。
見世物の登場人物としても際どい人格なんですって。
間違っても憧れたりはしないらしいのです。

えーっと、あーれあれあれ。
狂気に羨望を持つのはいけないことですか。
また世間様とズレてますか。そうですか。

広く人にお薦めすることのできない映画をテーマに何を語っておるのか、
という叱咤の声が聞こえて来ましたが、
これは実際のところどんなものなのでしょうか。

皆さんは、ああいった人間にはなりたくないものなのですか?
参考までに、本当のところを知りたいものです。

登場シーンなんて、最高だと思うのですが。ふーむ。
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2005年10月08日

皆さん、お元気ですか?

本当にただの思いつきを反映させてしまっていることが、
ちょっとばかり増えて参りましたね。
懲りたいのは山々なのですけれど。

本日の思いつきは、気になる言葉です。

昨今のメディアの使う言葉はどうにも乱暴でけばけばしく、
なんとも嘆かわしいことこの上ありません。
という話はもう何度目になるかわからないほど書いておりますが、
まぁ今回も似たようなものです。

要約、完了。以下、惰性の化身がはびこっております。

気になるのは、スポーツ中継です。
「今日はあの試合のリベンジマッチですね」
とかサッカー中継でのたまうのは止めていただきたいのですよ。

少しでもサッカーを知っている方は、すでにご存知であると思われますが、
サッカーのルールは競技者に紳士たることを求めますので、
試合中の報復行為は警告、悪質な場合には退場処分の対象となります。
「やられたらやり返す」
というのは紳士の行いではない、ということですな。

…そんなルールがあるということが、
いかに紳士的ではないプレイヤーが多いのかを物語っているわけですけれども。

勝ち負けの遺恨も忘れて、
ただ目の前の試合で互いにベストを尽くして健闘を称えあえば良いではありませぬか。
たかがスポーツで何故、戦争のように煽らねばならないのですか。

プロレスの実況と勘違いしているのではないのか、
と思えるような、いかがわしい言葉が満載ですよ。

そういう方が面白いというのなら、
いっそ団体ごとの抗争や、試合前の記者会見での因縁の付け合い、
マイクパフォーマンスやマスクマン登場可能な、
そんな競技を別に創ってみてはいかがでしょうか。

もちろん、盛り上げることだけが趣旨となりますから、
八百長やら買収、不自然な演出、裏切りなどなんでもありです。
ほら、想像したら、ちょっと楽しくなって来ませんか?


ですから、つまり、西口プロレスでも観に行きましょう。
同行者を募集します。

こちらが本当の今日の思いつきだった、ということですよ。
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2005年10月07日

あの日の少年と地図

受け取ってしまったものは仕方が無いので、
「17歳バトン」
己の迂闊さを噛み締めながら、書いてみますね。

面白いものにはなりそうもない上に長くなりそうなので、
奇特な方は「続きを読む」をクリックして下さいな。

そもそも需要というものがありませんよね。やれやれ。続きを読む
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2005年10月06日

言葉にも重みを

即座に数字が変わってしまいそうなので急いで書きますけれど、
間に合った方は左サイドバー下方にある私の「weight log」をご覧下さい。

体重が55.0kgに達しておりますね?

これはなんと四捨五入すると60kgに到達する数字ですよ。
ここまで体重を増やすのに、えーっとですね、都合、一年ほど掛かっています。
なんとか足りないウェイトを足す方法を足りない頭で考えまして、
遂に先ほど、体重計に乗る直前に食事を摂り、
さらに水分を多めに摂ることを心がける法を発案したのですよ。

…このテの記録というのは時間も決めて計測、記録をするべきなのでしょうか。
でも、そんなに律儀にはやっていられませんよ?
どうやら今のところ私は体重を量るためだけに生きているわけでもないようですし。
さて、体重が約60kgになって喜んでいるところで冷静になりますと、
これでも平均体重には更に5kgほど足りないのでした。

困りました。
何食わぬ顔でサバを読む限度を越えておりますね。
何か食べた顔をしていれば良いですか?

そういえば、私が何故このように重量を増したがっているのか、
説明をしたことがあったかどうか、失念してしまいました。

それは、「貧弱なボウヤ」と呼ばれたあの日に立てた誓いなのですよ。
ちょっと違ったかもしれません。
ええと、「柔道の授業でいちいち軽量級に振られるのはもういやだ!」と。
というのも造られた記憶かもしれませんね。

ああ。やっと思い出しました。
どうして忘れていたのでしょう。


私は、「軽そう」という汚名を返上するつもりだったのですよ。切実に。
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2005年10月05日

それはどこか恋にも似ていたか

「歩く没個性」「無個性の権化」と称される私ですが、
何故だかとあるところで「変わり者」の烙印を押されてしまいました。

これといって何ら特色、特徴のない人間と致しましては、
嬉しいような恥ずかしいような心持ちになる一方で、
少しばかりの理不尽さを感じないではいられません。

今日が個性の時代と言われているのは百も承知ですけれども、
私はこの平凡な生活と性格をこよなく愛しているのです。
そもそも、私のどこを捕まえて「変わっている」と評したのか、
私自身には全くわけがわからないのでございますよ。

人が他者を「自分とは異なっている」と感じる契機はいくらでもあります。
肌の色、瞳の色をとっても、言語ひとつとっても、
あなたと完全に一致する人を探すのは徒労であると思われます。
無個性な私はさておき、個性に満ち溢れるあなたと同じ人間など二人とおりませんよ。

それで、我々はちょっとくらいの相違ならば、慣れも手伝ってか、
それほど気にはしないのですよね。
特に日本の方は日本人同士でありさえすれば、
それ以外のことにはあまり頓着しない傾向があるように思います。
それはとてもとても奇妙な風習ですがね。

それでもなお、「変わり者」という言葉が現代に息づくのは何故かと申しますと、
社会における一般的な価値観と噛み合わない者は常に存在するからです。

価値観が違う人間は、もはや棲む世界が違うものだと考えることも可能かもしれません。
その人が最も大事にしたいもの、その次に大切にしたいもの、
このリストが殆ど重ならないということです。

つまり、その、
大事にしたいものからして、殆ど噛み合わない同士なのですから、
あなたが相手を「変わり者」だと感じているとき、
相手もまた、あなたを「変わり者」だと感じているということですよ。
価値観が重ならないのは、お互い様のことでありますし、
相手を「変わり者」と言う際には自分が多数派に属している自信があるのでしょうけれど。

その多数派というのも、一体どこを基準にした思い込みなのでしょうかね。
おっと、無個性な私にしては、ちょっとお喋りが過ぎてしまいましたか。


集団からはぐれないように価値観を共有しながら、
個性のある自分を発掘しようと一生懸命でいるなんて、
随分と報われそうな努力だとはお思いになりませんか?

なんとも、奇妙な。

まぁ、無個性でいることに満足している私には、
そもそも関係の無いお話なのですけれどもね。
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