2005年11月26日

リンネ交換(BlogPet)

Kamelliaが
言論の自由を謳歌したければ、会社されるようなことや、間違っても実名を出してはいけないということです。
とか言ってた?

*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「Cattleya」が書きました。
posted by Kamellia at 10:42| Comment(0) | TrackBack(0) | こうさぎの呟き | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月23日

桃の季節ではないけれど

いつものことながら何の脈絡もないのですが、
目にしてしまったニュースは使わせていただくことにしますよ。

【中国】一緒に飲みたい三国志の英雄:張飛がほかを圧倒

三国志というとあれですよ、古代中国史を題材とした小説ですね。
マニアックな人間には何故かありがちなのですが、
私も御多分に漏れず三国志フリークです。

そういえば、横山先生の追悼記事も書きましたものね。

私は下戸なので、あまり意味の無い想定なのですが、
一緒にお酒を呑む相手はやはり選びたいものです。

三国志というと、これはまた魅力的な人物が百出しているわけなのですが、
中国でとったアンケートでは一位が「張飛」。次いで「諸葛亮」「関羽」ですか。
張将軍は酒乱で有名なんですが、それでも構わないものでしょうかね。
私なんかは酔った勢いで殴り殺されそうですが。

ふむぅ。
私が共に杯を持ちたいのは鳳雛と呼ばれた賢者ですな。
彼もまた相当な酒好きのようですから、
私とは楽しい時間を過ごせるように思うのですが。
仕事を怠けて酒びたりなエピソードも素敵です。
比較的過激なことを思いつく策士の話は肴に持って来いだと思うのですよ。


あとは、ほら、字が士元なところとか。
posted by Kamellia at 03:56| Comment(4) | TrackBack(0) | 今日の思いつき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月22日

比々較々

評価というものは、物事の本質を変質させるものではありませんが、
結局のところ世界は何がいかに評価されるか、によって動いています。

なんだか持って回ったような言い回しになってしまいましたが、
とにかくいかに高い評価を得るかが大切であるということです。
行動に内容など無くても良いのです。
評価さえあればもうこっちのものですよ、と。

ところで、評価というものには大きく分けて二種類ありますね。
絶対評価というものと相対評価というものです。
この二つを上手く使い分けて、対策を打っていけば
労せずして成果を挙げることができますぞ。

絶対評価というのは、他と比べることの無い評価の仕方です。
私は数学が苦手です。
数学ができません。本当にもう、からっきしだめです。
というのは絶対評価的な表現です。

一方、相対評価とは他と比較した場合の評価の仕方ですね。
私は数学が得意です。
生後9ヶ月の姪ごときでは相手になりません。
というのが相対評価的な表現であります。

学生の皆さんがよくわからないまま気にしていた偏差値というのは、
相対評価の極みのような存在でありまして、
たとえ試験で零点をとっても、全員が零点であれば偏差値は50です。
このことからお分かりのように、偏差値は相対評価でしかないので、
これを基準に人の実力を測るのはとても危険です。
特に、母集団のレベルがわからない場合は、もうどうにでもなる数値であります。

幼稚園児の群れに入れば私だって全教科で偏差値55はとれるでしょう。たぶん。
なにせ私は自分の名前を書けますからね。
鉛筆だって握れますし。シャーペンだって扱えますよ?

絶対評価としてみると日に20人弱の方が訪れるこのブログは、
個人的には弱気になりたいほどの人気ブログです。
そんなに沢山の方の目に耐えられるような内容ではありませんから。
連日、大入袋を出したいくらいなのです。
怖くて更新も滞ります。

ところが、2005年2月のデータによりますと、
日本のインターネット人口は7007万2千人もいらっしゃるのですよ。
もちろん、あなたも私も含まれている数字ですけれども、随分と普及したものですね。
このブログを訪れるのは日本からのアクセスに限定したとしても、
0.000003%に満たない人数でしかないのですよ。
殆ど誰も見ていないのに等しいですね。これなら気兼ねなくクダを巻けますね。

と、思い込もうとしてもなかなか難しいものです。
人の数は私の中ではなかなかただの数字にはできません。
ま、ただのスクリプトがノックしているだけなのかもしれないのですけれども。

ブログを続けるかどうか、本当に日々考えているのですが、
はてさていったいどうしたものでしょうか。
とりあえず、長続きするおまじないでも唱えておきましょうか。


もうちょっとだけ続くんじゃ。
posted by Kamellia at 03:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 今日の思いつき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月21日

リンネ交換

何度か記述した覚えがありますが、
私はいかなる宗教に対しても信仰心を持ってはいません。
しかしそれは、宗教的な要素に興味を持たないが故ではありません。

むしろ、ありとあらゆる教義や伝説、伝承の類に興味がありすぎるために、
特定の信仰だけに心を寄せることができないわけですよ。
オカルティックな話にもとても興味があります。微塵も信じておりませんが。

そんな私が本日ぼんやりと考えたのは輪廻のお話です。
「輪廻転生」までは一般的な名詞ですか?

私の知っている殆ど全ての宗教では、
人間は肉体と霊魂によって構成されている、と説明されます。
それで、大抵の場合、死を迎えたときに死滅するのが肉体ですね。
それでもって、わりかし無事なのが霊魂の方です。

そこまでの認識は宗教、宗派を超えて共通しているようですね。
あとは、肉体から抜け出した霊魂さんがどうなるか、
というところで大きく説が分かれているというわけです。
霊魂だって何かがどうにかして処理していることにしないと、
どこもかしこも幽霊だらけになってしまいますものね。

天国だか地獄だかに投棄してお話を完結させるタイプもありますが、
霊魂をリサイクルする地球に優しい考え方もありますね。
そのリサイクルシステムは輪廻と呼ばれます。
これ自体はおそらく仏教用語ですが、同じ概念を持っている宗教は沢山あります。

それでですね、よくある説明なのですが、
前世の行いで今の自分の人生がある程度左右されていて、
来世で良い目を見たかったらちょっとでも善行を積んでおきなさい、
というアドヴァイスがあるわけです。

論理性はともかく、素晴らしい結論ですね。
私以外の全ての生き物がこれに従ってくれないものかしら。

私に前世の記憶はありません。
あ、ときどき、「自分の前世の記憶」について語って下さる方もいますね。
アジア系の人に多いようなのですけれども。
どうも前世という概念を知らない方は語ってくれそうにありませんね。

自分に現在のところ記憶がありませんので、
もし仮に輪廻が実際に起こっており、来世に生まれ変わるとしても、
この私の記憶は残っていないことでしょう。

記憶に断絶があるのならば、それは私ではなくて他人です。
前世の私とやらの行動で現在の私の境遇が変わっていたとしても、
それは私には関係のないお話ですね。

わざわざ悪行をやらかすつもりもありませんが、
来世の私がどうなろうと私が知ることはないわけですよ。
なぜならそれは私にとって最も関係のない他者ですから。

私を無条件に大切に扱うような戒律はないものか、と思ったのですけれども、
インドに現存するカースト制度で上位に食い込むのはそれに限りなく近いですね。


あれも教義に従いますと、善行を積んで来世に賭けるしかないようですよ。
なんということだ。生きにくい世の中ですね。
posted by Kamellia at 03:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 今日の思いつき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月20日

ドラえもん、頼むよ

突然振って湧いたお引越しの準備に押しつぶされそうな今日この頃、
いかがお過ごしでしょうか。

連想ゲームのように話を振り替えますが、
ひところ話題になっていた首都移転計画は今、どうなっているのでしょうか。

首都移転、という言葉はなんだか少し奇妙な響きを持ちますね。
そう、日本には皇室があって、その居住都市を、京と呼ぶ伝統があるのです。
普通に考えると「遷都」の方が相応しい言葉ですね。
敢えて首都移転という言葉を使っているのは皇居は変えないという意味なのですかね。
ということはつまり、新首都には京の字は当たらないということでしょう。

そんなことにも興味を持ったので、ちょっと調べてみました。
ほら、私の性格から申しますと、「首都大学東京」ができたら、
そろそろ首都移転のころあいというわけですよ。

調べてみたまでは良いのですが。
これは醜い。

東京周辺の人間は言葉を尽くして移転のデメリットを並べ立て、
地方の人間は自らの住居にできるだけ近い位置に首都を誘致しようとしています。
さながら我田引水合戦が繰り広げられています。
呆れるほど醜い。

どちらの言うことも今ひとつ説得力がありません。
特に、東京の歴史云々という主張は片腹痛いですね。
歴史、というほどの歴史はありませんよ?
災害に備えるという意味で機能は拡散していた方が良いと思うのですが、
この場合に限っては大好きな「キョウトウユウジ」さんの名前も忘れるようですな。

不穏な表現で申し訳ありませんが、
核ミサイル一発で日本の中枢機能が停止してしまうのは、
構造的な欠陥であると思われます。

というわけで、手始めにテポドンの射程から離れた根室あたりに、
わが国の中枢である国会議事堂を移転してみてはどうかと思うのですが。
危機管理体制を整えるという姿勢を強烈に打ち出すために、
まず隗より始めよ、というわけです。


おっと、郭隗は類稀なる賢者でしたな。
喩えが適切ではなかったようで誠に申し訳ありません。
posted by Kamellia at 03:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 今日の思いつき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月19日

緊急 隔離 駆除(BlogPet)

昨日、Kamelliaが
固有名詞を区別するためなら必要があるのですが、小中学生の作文に多いのですよ、〆張鶴な「」だとか《》だとか…
って言ってたよ。

*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「Cattleya」が書きました。
posted by Kamellia at 09:47| Comment(0) | TrackBack(0) | こうさぎの呟き | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

既知との遭遇

ブログブログと言っておりますが、これはブログです。
語源はweblogですから、「なんらかの履歴を残すもの」という意味があるのでしょう。

日本でもブログは隆盛の時期を向えておりますが、
インターネットの本場…本場?…メリケン国でももちろんさかんであります。
日本の場合にはウェブ日記というものが先に浸透していたので、
そのスタイルそのままに結局のところ内容は日記、というブログが多いですね。

本場…本場?…ではもう少しメディアとしての機能が強いものが主だそうですよ。
主流といっても比較の問題ですけれども。

それはさておき、当ブログをご覧になるほどのネット玄人の皆さんならもちろん、
ブログの内容には気をつけなくてはならないということ、ご存知ですよね。
ご存知ならば書く必要もありませんね。はい。

ご自分がお勤めしている会社の悪口やら裏話やらをブログに記載してしまった方が、
解雇されている事例がいくつかあるのですよ。
日本でも、迂闊な内容をアップしてしまって大変なことになっている方がいますな。

つまり、言論の自由を謳歌したければ、特定されるようなことや、
間違っても実名を出してはいけないということです。
これはブログ管理人に限らずウェブでは常識でもあるのですよ。
セキュリティ的にも問題がありますね、名前を出してしまうのは。

匿名性を守る意識は大切ですよ。

と、ここまで書いておいてなんですが、
私はコミュニティサイトに実名で登録をしているのですよね。
どうしてそんな愚かな真似をしたのか記憶も定かではないのですが。

そして、名前を載せていることが決まり手になりまして、
私の小学校時代のクラスメートだった幼馴染に
偶然とはいえこのブログの存在を嗅ぎつかれてしまったわけですよ。
履歴に残るって、本当に怖いことですね。


あわわわ。
このブログを読んだ上で、
「変わらないなぁと思うところも」なんて言われてしまいました。
卒業してから何年経っていると思っているんですか。
あわわわわわわわわ。
あわわわわわわわわわわわわわ。
posted by Kamellia at 03:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 今日の思いつき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月18日

緊急 隔離 駆除

このところ、急に思い出したかのように気候が冬に向かっていますね。
私はクセ毛持ちなので、気温が下がり湿度が下がると髪がサラサラになって
非常に快適な心持ちで日々を過ごすことができるのですが、
急速に変動する季節に適応できなかったのか、
相次いで私の友人が風邪から来る高熱で倒れました。

比較的近しい人々が高熱に苦しんだ、というお話を聞いていると、
不思議なことに私も風邪を引いていなくてはおかしいような気分になってきました。

そんなわけで、インフルエンザの予防接種を受けてまいりました。
私は注射をそれほど苦にしません。
時には少しくらいの痛みがあるほうが刺激的で良いとは思いませんか?

病院によってまちまちなお値段ですが、私の受けたところは3000円でした。
まずまず相場程度だと思います。
探せばもっと安いところがあるのでしょうけれども。
こればっかりは大きな病院の方が町医者よりも高かったりと、
不透明なことこの上ありませんね。

ワクチンが2回分セットで2000円なのだそうですよ。仕入れの時点で。
一回が単純計算で1000円を原価にしていると考えて、
まぁ納得のいくお値段で妥協してくださいな。
高いところでは一回に5000円ほど掛かるところもあると聞きます。

いくら掛けたところで一回の接種では予防率は6割程度だそうですから、
所詮は気休めといったところでしょうか。
症状を軽減する効果もあるとかないとか聞きますが、
発症した時点でいささか手遅れな感がありますな。

私は機構が単純すぎて風邪を引く機能を搭載していないのかもしれません。
俗に言う馬鹿とハサミはなんとやらというやつです。あれ?ケムリだったかな?
いっそパソコンも機構を単純化してウィルスに感染する機能を搭載しなければ、
ワクチンやら何やらに予算とメモリを割かなくてもよくなるのではないかと思うのですが。

わざわざ脆弱性を組み込むのは何かのサービスのつもりなのでしょうかね。

まぁとにかく、インフルエンザにしてもウィルスにしても、予防が大切です。
ワクチンが足りなかったり間に合わなかったりするのは、いずれにしても問題ですね。


ところで、私の脆弱性に当てるパッチをどなたか開発してくださいませんか?
えーっと、馬鹿につける薬はない、と。そういうわけですか。
posted by Kamellia at 03:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 今日の思いつき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月17日

パレードは終わらない

親切な我が心の友、KJ氏の指摘によって初めて気がつきましたが、
この胡散臭いブログがとうとう10000HITを達成してしまいました。

その内の、8000くらいは私自身の手によるものなので、
つまりは、お疲れ様、私。
というべきなのでしょうね、これは。


このあとの文章には重要なお知らせを含むのですが、
長くなりましたので続きを別ページにしました。
物好きな方のみ、クリックしてお読みくださいな

続きを読む
posted by Kamellia at 03:56| Comment(5) | TrackBack(0) | 今日の思いつき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月16日

性格を記す

更新の種に困っている私に、CAPYKA様が助け舟を下さいました。
性格バトンというものなのだそうです。

…受け取っておいて何ですが、あまり気が進みません。
自己紹介の類は嫌いなのですよぅ。


続きを読む
posted by Kamellia at 03:56| Comment(2) | TrackBack(0) | 今日の思いつき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月15日

まっはぱんち

本日の記事はゲームのお話です。
毎度の事ながら関心のない方には申し訳有りませんが、
わかりにくい内容となっております。

先日、記事のネタに使った直後に製作発表があってびっくりしましたが、
MOTHER3」、開発が進んでいたのですね。
大体、前作の中で予告までしておいて放置はないと思っておったのですよ。
MATRIXで喩えるとRELORDEDまでで止まっていたようなものです。
ま、あんな映画に喩えるのは我ながらどうかと思いますが。

それで、ですね。
ちょっと見過ごせないニュースを見かけたのですよ。

熱血高校オンライン
完成は一体いつになるのかわからないほど先になりそうなのですが、
馬鹿馬鹿しい出来になることを期待しています。
不良高校生が喧嘩に明け暮れているだけのゲームでしたから。

段々と、猫も杓子もオンラインゲームという風潮になってきたのは、
製作会社としては恒久的にお金が入るシステムが欲しいのでしょうが、
なんでもネットに放り込めば良いというものではないと思います。

会社自体が韓国の会社になっているので、
こちらよりもオンライン熱が盛んなこともあるのでしょう。
だまって新しいハードに移植してくれるだけで私は満足なのですがね。

殴る蹴るを前提にした運動会のゲームにあれほど熱中していた私や友人たちは、
何か屈折したものを抱え込んでいたのかもしれませんね。


まったく、嫌な小学生でした。
posted by Kamellia at 03:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 今日の思いつき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月14日

飯を食い、やがて死ぬでしょう

このところ、何かしらの情報を与えてくれるものに触れる機会に恵まれ続けております。
実際のところ、情報の処理が間に合っておりません。
映画やらアートやらに浸かってしまいますと、
どこか正体のわからない疲労が溜まりますね。

似合わないものは仕方が無い、ということでしょう。

舞台や映画、場合によっては物語になっているものならば小説なども該当しますが、
あらすじの方が面白い代物が意外に多いというのは一体どうしたことでしょう。
それほどの面白味を感じなかったものでも、
後になってあらすじのみを思い出せば案外、楽しめたりするものです。

私が要約に計り知れない才能を持っているなどということはありえませんから、
きっとその作品がコンセプトにたいして息切れしていたということでしょう。

伝えたいメッセージや表現したい何かを引き伸ばしていると、
間延びしたり、そのぅ、早送りしたい時間帯が現われるのですな。
細かい表現の面白さ、というのも醍醐味なのですけれども、
私は話のテーマだとかいったものにしか興味が無いので、
ディテールに凝られましても、退屈します。

そこでふと思い至りましたが、
私は音楽を聴きに行けばよいのかもしれませんね。
要約という概念と馴染まないのでしょう?


まぁ、多すぎる情報量に押しつぶされながら、
思いついたことがこの程度、とはこれいかに。

要するにこれは、詰まらない文章です。
posted by Kamellia at 03:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 今日の思いつき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月13日

私の好きなもの

他人の不幸を笑うことは、人としての道に反するものですから、
ことわざや逸話、寓話など、人類はありとあらゆる手段を講じて、
他人の不幸を笑うな、他人の幸福は祝福しろ、と子孫を教育してきたわけです。

心から他者の幸福を祝福できれば、それはそれで清々しいものですよね。
ですが、他人の不幸というものは面白いのですよ。

思わず笑ってしまうおかしさ、という観点から申しますと、
友人の語る恋愛譚は「艱難辛苦と孤軍奮闘し、ついに成就した話」であるよりも、
「艱難辛苦と悪戦苦闘した結果、惨めに散った話」であった方がありがたいものです。
もちろん、ハッピーエンドにはそれなりの良さがありますが、
滑稽味には欠けておりますから。

わかりますか?
フラれて落ち込んでいるあなたの話に相槌を打っているその人は、
こみ上げる笑いを堪えるのに懸命なのですよ。

「誰もがお前のように悪趣味なわけじゃない」と仰る方もいることでしょうね。
「それでも、笑うべきではない」とか。

仰ることはごもっともなのですけれども、そういった話をしているのではありません。
どうぞ空気を読んでその口やかましい良識とかいうものをお仕舞いくださいな。
日頃の生活であるとか、人生に向かう姿勢なんて、この場には関係ないのですよ。

他人様の苦労や失敗を指さして笑うセンスは誰もが持っているものです。
これはとても原始的なおかしさ、ですから。

それを、全面に押し出したものを観ましてね。
あんなに面白いのに、皆さんどうして笑い声を堪えていたのかわかりません。
創作物を楽しむときくらい、素直に感情に身を任せれば良いものを。

私は私の好きなものを見つけてしまいました。
とてもとても悪趣味なものです。

現実の生活に反映させないように、気をつけることにします。
迂闊な真似をしたら、構築してきたものが崩壊してしまいますからね。


とりあえず皆さん、失恋したら私のところへおいでなさいな。じっくり話を聞きますよ。
posted by Kamellia at 03:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 今日の思いつき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月12日

諸君、諸君らに夢はあるか?(BlogPet)

きのうKamelliaで、話したかもー。
しかしここでKamelliaと購入するつもりだった。
けれどCattleyaは、ここで利き腕を具現しなかったー。
しかしここまでことが管理されたみたい…
けれどKamelliaの、具現された。
しかしKamelliaの利き腕が検証された!


*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「Cattleya」が書きました。
posted by Kamellia at 09:40| Comment(0) | TrackBack(0) | こうさぎの呟き | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

アバンギャルドでいこうよ

「前衛的」という言葉はその定義に
「意味不明」という意味を含むのでしょうか。

どのように形を変えようとも、その類を名乗るものはさっぱりわけがわかりません。

もちろん芸術をいうものは、「他者に計り知れない自分だけのもの」を
表現している場合があっても良いと思うのです。
が、ものには限度というものがあるでしょうが。

私の気のせいかもしれないのですが、
語るべきものを持たずに作ってやしませんかね、あれ。
見る者によって、聞く者によって意味が変わる、というのは、
いかにも芸術らしいことなのですけれども、
その根元にあたる、作った人の感じたものが、無さそうなのはちょっとどうかと。

私は、せっせと雪景を描き続けている水墨画が好きです。
でもゾウさんはもっと好きです。


近々、引越しをします。
部屋の荷物をまとめるのが一苦労ですね。やれやれ。
posted by Kamellia at 03:56| Comment(2) | TrackBack(0) | 今日の思いつき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月11日

そこにある悪意

誰もが幸せになることに必死で、真剣で。
それは誰も幸福に至ることの無い環境なのかもしれない、と。

そして、それが私の属している社会そのものの姿なのかもしれません。
そのままでは誰も、誰も後悔なしには死を迎えられますまい。

我々が生きるこの社会は資本主義思想に則って設計されておりますから、
単純計算で約半数の人間が幸福に至ると考えても良いのでしょうかね。

興味深いことですが、「誰もが自分の幸せのために必死」な社会にたった一人現れた
「他人も含めて幸せになりたい」思考の持ち主は、比較的無惨な最期を迎えます。
正直者がバカをみるのも確かに真理の一部ですが、
存在しないものを想定した真理にそれほど価値はありませんね。
正直者になんて会ったことがありません。
私を嘘つきと呼ぶ人もいますが…私なんてかわいいものでしょうに。

実際には他人のことをも考えて生きている人間だって相当数おりますので、
この世はそう捨てたものではありません。

この世界はなべて不条理の塊ですが、
その不条理とどう付き合うかによって、
あなたの手の届く範囲の世界はありようを変えるものでしょう。

では、あなたは何を思い、何をするか、です。
その空気を吸ってお互い生きていますから。
何人たりとも無関係ではありえないのだと思います。


それはとてもとても残酷で厳しい結論なのですけれども。
無関係でいられたら、そんな幻想を抱けたなら、どんなにか楽でしょう。
posted by Kamellia at 03:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 今日の思いつき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月10日

分母の小ささゆえ、か

両親が台湾旅行から帰国しました。
日本や中国本土、アメリカあたりとの関係が
非常に微妙なバランスの上にある国?地域?ですが、
旅行者にはそんなことはあまり関係がないそうで、
すこぶる快適な時間を過ごして来たそうです。

親日的な雰囲気があるのは歴史的な背景と無関係ではないのでしょうけれどもね。

私が聞いた土産話の中でも気になるのは、
「台湾では文化大革命が起きていない」ということです。
言われてみれば当然のことなのですが、うん、そりゃあそうですよね。

そんなわけで、台湾では漢文が生きた言語として表記に使われているのですな。
…というのは過度に誤解を招く文章ですが、
略字体が使われていないことと、
文法は基本的に漢文で習ったものと大差ないようですので、
私の知識でもある程度は文字の表している内容が解析できるわけですよ。

これは、予想外に面白いことです。
コンビニで買ったお茶のペットボトルのパッケージには
「直射日光を避け、常温で保存すること」
「一度開けたら、お早めにお召し上がりください」
などなどが、漢文で記されているわけですよ。

漢文は古言語の勉強だとばかり思っていたもので、
極めて日常的でありふれた言葉が書かれているギャップはなかなかのものです。

そんなわけで、一度台湾にも行ってみたいなぁと思うのですが、
道すがら看板を目にする度に立ち止まり、
「ふむ?ふむふむふむふむふむふむふむふむふむふむふむふむ」
「ほほぅ…ほほぅほほぅ…ほっほーぅ」
「むぅ、なるほどなるほどなるほど…ほへぇー、ちゅみみーん」
などと呟き勝手に一人で面白がっている私と一緒にいてもイラつかない方はいませんか?


…該当者なし、か。
posted by Kamellia at 03:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 或る一族 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月09日

みんなのうた

両親が海外旅行にでているもので、私は擬似独り暮らし中です。

その間、私の生活の乱れを心配して、
食材やお酒を手に遊びに来てくれた友人たちよ、ありがとう。
と、この場をお借りしてお礼を言っておきます。
なかなか、普段から顔をつき合わしている仲間に改まってものを言うのは難しいですね。

敢えて難点を述べていくのならば、
私は下戸なのでアルコールは嗜まないことと、
ご近所のことを考えるといささか騒ぎすぎてしまった感があること、
そして、そんな友人がいたというこの話自体が真っ赤な嘘であることでしょうか。

私は家に人を呼ぶ習慣を持ちませんのでね。

きっと嘘つきというのは嘘をつくために嘘をつく人のことです。
自分のためではなく、他人のためにもならない嘘を探求することは、
生涯を捧げる価値のあるテーマだと思います。


そんなことより、私は友人が欲しいです。
posted by Kamellia at 03:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 今日の思いつき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月08日

美辞麗句

このブログの表記についての質問で、
私が回答することを失念していたものがありました。

私のブログでは文字に効果を持たせていませんね。
普通に訪れている方よりもブロガーの方が気にしていることなのかもしれません。

百聞は一見に如かず、試してみるとしましょうか。

どうしたらいいものやら、考えるのが面倒臭いので、こういったことには馴染みが無いもので、
有効な利用法が今ひとつわかりませんな。
第一、私は強調しなければならないほど大事なことを書きません

注目を集めたところで、文章力の無さが際立つだけだと思うのですよ。
それに、こんなことをするくらいならそもそも書く必要がないですよ、ねぇ?
見た目というのは終日逡巡の本質ではないのですよ。
その…視覚だけでも楽しめるようにとの配慮なのか分かりませんが、
私は画面に流れるテロップが大嫌いですむかっ(怒り)
文字を認識するスピードに問題があるのかもしれませんが、
酷い場合にはオチを聴く前に読んで知ってしまうこともありますね目

…曰く形容しがたいほど気分が悪いので、この辺りでご勘弁を願えますか?

私が文章に加工を施さない理由をいくつか述べておきます。
ひとつには、必要を感じないことでしょうか。
私の伝えたいことは文章自体にそのまま載せていますので、
視覚効果で狙うべきことは取り立てて思いつきません。

また、この場でしか使えない技術に慣れたくはありません。
文章のみで全てを伝えようとすることにかろうじて意味を見出しているのが現状です。

読者の方を小馬鹿にしているかのような印象を与えないか心配でもあります。
私が、時折、そのように感じてしまうだけなのですが。
相手の読解力を信頼できなければブログなぞやっていられませんよ。
文章を余りに説明的にし過ぎるのは読み手に対して失礼というものでしょう。

たとえば強調表現にしても、
構文や文法を駆使することで同等以上の成果が挙げられると思っています。
そこを磨くことでしか表現力は身に付かないのではないですかな。

実のところ、『』や()、…や?も、なるべく使用を控えるように心がけています。
多用すると感情の押し付けになってしまったり、
何より字面が幼くなってしまうことを嫌うが故です。
改行に頼らないように気を使ってもいるのですが、
これは見易さを優先するために仕方なく使用することが多いですね。
固有名詞を区別するためなら必要があるのですが、
小中学生の作文に多いのですよ、無意味な「」だとか《》だとか…も。

詰まらない意地だとは重々承知の上ではありますが、
詰まるところ私はここの記事を、原稿用紙の上で書いているつもりなのです。
ゆえに、スタイルはそれに準じたものになります。
この説明が一番簡潔で要を得たものでしょうか。


お洒落になりたいのは、使う言葉のレベルやちょっとした言い回しであります。
お喋りに活かせるのは、そちらのセンスになるのではないかな、と。

巧いこと言ったからといって、それが太字になるわけではありませんからね。
posted by Kamellia at 03:56| Comment(2) | TrackBack(0) | 今日の思いつき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月07日

悲劇的伝説…など

そもそも、私は他人様の家庭の事情に口を挟む趣味を持ちません。
これは、私の持っている常識に照らし合わせて当然のことだと思っています。

おそらく、この意見はそれほど世間様とズレていないものでしょう。
たとえば、赤の他人が我が家の状況に対して意見するのは、
それがたとえ親切心から出た行動であろうと固くお断りさせていただきます。

そこで、こんなニュースです。
<皇位継承>女系天皇前提に「長子優先」提案 有識者会議

なんと申しましょうか。
それは有識者様方の出る幕なのか?
という疑問を感じるのは私だけでしょうか。

身内の話は身内で片を付けるでしょうから、傍観者は放って置けばよいのではないかと。
私は皇室の方々を私と同様に人間であると思っていますから、
我が家以下の扱いをしているのはちょっとどうかと思います。
別に思いやりを発揮するほどの義理も感じてはいませんが、
「有識者」という言葉の使い方を間違えていやしませんかね。


下世話を承知で個人的な見解を申し上げるならば(これで私も有識者ですね)、
皇室を継ぐのは男性であるべきだと考えます。

日本の象徴ならば、男女が同権なわけが無いでしょう。
現代まで綿々と受け継がれてきた伝統ある男女差別の歴史を反映しないのならば、
シンボルとしての機能は果たせますまい?
お役目が果たせないとなれば、俗世に入っていただいた方が実害がなくていい。


リンリンやシュアンシュアンの意見も、できることなら聞いてみたいものです。
…お湯でも掛けてみますか。
posted by Kamellia at 03:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 今日の思いつき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。