2006年02月28日

セピアの幻影が揺れてる

さてさて、比国での旅の二日目の記録です。

ここから旅の本編である、スクーバ講習が始まるわけです。
スクーバというのはもちろんスクーバダイビングのことですよ?

挑戦していない講習の資料を集めるのも一苦労ですよ。
どこまでリアリティを出せるか、頑張ってみますね。


冒険の書を読む
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2006年02月27日

ギラギラ輝く太陽が

とうとう、ごくごく一部の熱狂的な支持者を持つ冒険の書シリーズの第二弾を、
こうして皆さんの前で発表できる状態になりました。

行ってもいない海外旅行の記録を創作するのは結構な骨折りなのですが、
皆さんもこれを読んで私と共に旅に出たつもりになって戴けたら幸いです。

そうそう、今回の旅は少々暑苦しいものになるかと思われますので、
皆さんはストーブを焚きすぎているお部屋でお楽しみくださるようお願い申し上げます。
もし、楽しめるのであれば、という仮定のお話ですが。

冒険の書を読む
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2006年02月26日

遺言状

丁度、良い機会なので、ここに私の遺言状を作成しておきます。

本来ならば元日にアップするつもりだったのですが、
諸事情が私にそれを許さなかったので、ここまで日程がずれこんでしまいました。

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2006年02月25日

油断も隙もあったものではありません

これは、見たらすぐにやらねばならないバトンらしいのですよ。
今、本当に時間が無いというのに。イグニ氏にしてやられました。

■今、どこに居る?

自宅です。仮住まいというものですが。

■今、一番近くに誰が居る?

父か母のどちらか。もしくはこの部屋に棲む幽霊。

■今、どんな服装?

室内着ですね。Tシャツにジャージ。

■今、何食べたい?

ごはん。ほかほかのものを。あとは、まぁ、異性。ごめんなさい、嘘です。

■今、何飲みたい?

美味しい紅茶が飲みたいです。

■今、真後ろには何がある?

壁。ないしこの部屋に棲む例の。

■今、まわりを見渡して、いちばん目についたものは?

意外とぎゅうぎゅうになったトランク。

■今、誰に会いたい?

誰にもお会いしたくありません。

■その人に今伝えたいことは?

お元気そうでなによりです。

■今一番歌いたい曲は?



■今頭の中でパッと思い浮かんだ言葉もしくは台詞は?

そーれそーれ、鉄骨娘。

■今の体調は?

寝不足気味。

■今どんな気持ち?

時間が無い、と焦り気味です。珍しいですね。

■今すぐこのバトンやってもらいたい人

みんな、逃げて逃げてー。
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2006年02月23日

左様なことはありません

duftさんより頂き物がございまして。

でも、ここから先はあんまり見ない方が良いかと思います。
私はあまり固いことを言いませんが。

 ここをクリックしてはなりません
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2006年02月21日

夢の中でだけど傍にいて

某所で妙なことをしていたので、
私も遅ればせながら挑戦してみました。

これは占い、ですか。

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2006年02月20日

こんなかんじ

KJ氏より漢字バトンを戴きました。

ふむ。最近、この手の更新が多いですね。
楽といえば楽なのですけれども。

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2006年02月16日

がっこげっこぴょん

duft氏より素敵なジョッキを受け取りました。

【酒バトン】

下戸なる私が答えるとどうなるのでしょうか。
興味を引かないと言ったら嘘になりますな。

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2006年02月15日

ばうあう

あぁもう、私も年を取ったのだな、と実感しました。
こう、自分よりも年若い人の、現在の年齢を数字で聞いてしまうと、
経過していった時間の長さを思い知らされますね。

先日もそんなことを感じてしまったのですが、
今月の3日で我が姪が一歳になってしまったのですよ。

おじ…あ、いえ、お兄ちゃんとしてはお誕生日祝いをしないわけにはいきません。
というわけで、また絵本捜索の旅に出ていたのですが、
今回の収穫はこちらになります。

がたんごとんがたんごとん

昨年、彼女が現世に登場したときには嬉しさのあまり張り切りすぎまして、
どう考えてもまだまだ読めるようにならないような本をあげてしまいました。
ま、それはそれとして悪くはないと思うのですけれども、
今回は初の誕生日プレゼントなので年齢相応のものを。
気に入ってくれるかしら。

生誕から一年が経過して、姪はもはや立って歩き、走り、転ぶこともできます。
離乳食も美味しそうに食べています。
ときどき、言語のようなものを口走ります。
特に、イヌが大好きで、見かけても、TVに映っていても、
すぐに指差して嬉しそうに「ばうあう」「ばうあう」と言います。
おそらく「bowwow」と言っているので、彼女はどうやらバイリンガルですな。

それから、TVに映っているのがサルでも「ばうあう」と言います。
彼女にとってヒト以外の動物はとりあえず全部イヌなのでしょう。
学習という行為の原型を見る思いです。
物を知る、というのは偏見を身につけることなのです。
新しく物を覚える度に混乱しながら少しずつ克服していくのでしょうね。

最近は、興味の対象が広がりまして、
食事するよりも遊んでいたい、という素振りすらみせます。これは衝撃です。
食欲と睡眠欲の塊だったのに、今では好奇心が優先されることもあるとは。

我が姪よ、健やかなれ。

君がもう少し大人になったら、私はきっと
君がママやパパに触れていないと眠れない甘えんぼさんだったことを
何度も何度も話題に出して執拗にからかって差し上げます。

まだまだ赤ちゃんですもの。ゆっくり、大きくおなり。
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2006年02月14日

ちょうど良い塩梅

まぁちょっと皆さん聞いて下さいよ。

千穂義姉さまから素敵な贈り物を戴いてしまいました。
生きていれば良いこともあるのだなぁとつくづく噛み締めましたよ。

いや、これこそ正真正銘の義理チョコですよ。
義姉だけに?うん、義姉だけに。

姪の一歳のお祝いにどれだけ張り込もうかと思案中です。
ゼロ行進を止めて戴いたお礼なんてどうしたらよいのかわかりません。
持つべきものは結婚のできる兄ですなぁ、はっはっは。

とても良いお店のものを頂戴しました。
PATISSERIE SADAHARU AOKI PARIS
と書けばわかる方にはわかる…のでしょうか。
いえ、私はついさっき慌てて検索を致しましたもので。

筆舌に尽くしがたいほどの美味である一方で、
なんだかちょっと味がおかしいような気もします。
パティシエさんのせいでないことは確かなのですけれども。

なんでしょう、これ。
しょっぱいんですよね。

そう、まるで、私の人生のよう。
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2006年02月13日

打倒、至高

私の高校時代の友人、duft殿から究極バトンを戴きました。
ありがとうございます。

どの辺りが「究極」なのか非常に興味深いですね。
なんだかバトンの製作者がお若いんじゃないかという予感がしますが…

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2006年02月12日

やみにじょうじて

本日の記事としましては前回の続きをきちんと書こうと思っていたのですが、
なんだか気だるい気分になってきてしまったので、止めます。

書きますけれど、きちんとはしません。

再発したのは私のアレルギー症状です。
遠くアフリカの大地で育った野性味溢れる私は、
清浄な空気の下でなくては健康に生活が送れないのだそうです。
埃、煙等の空気を汚す存在は私の天敵であります。
逆説的に言えば私は温室育ちだということになりますか?
この国の、少なくとも首都圏の空気は私の身体には毒なのですよ。いやぁ参った参った。

被害の程度にもよるのですけれども、
咳が止まらなくなる〜呼吸困難に陥る、まで、実に様々で飽きの来ない症状を発現します。
これは誠に良く作りこんでありますよ。買いです。
一応、進め方次第ではエンディングまで見られるそうですから、
一通りプレーしてみたいものですよね?
今のところは、煙草の煙が一番ダメージ効率が良いようです。
目に沁みなくても泣くことができますよ。

ここ数年はナリを潜めていてくれたので、
体質が改善されたものとばかり思っていたのですが。
人の願いというものが通るかどうかは本人の心がけと無関係なものですね。
この体と一生付き合って行くことを思うと、少し一生が縮まる思いであります。
少しでも早く楽になりたいという私の願望だけは叶いつつあるということでしょうか。

さしあたって、症状が治まるまでで結構ですが、
お煙草をお吸いになる方は私に近付かないようにしていただけると幸いです。
いちいち視界内の喫煙者を始末していくのは意外と手間が掛かるものなのでな。
あなたが平穏無事に人生を謳歌するためのご協力をお願い致します。

アレルギー体質というものはこうして改めて考えると一種の障害ですね。
パッチを当ててもらわなくては!

というわけで病院に行ってお薬を頂いてきました。
おそらくかなり強烈なお薬なのでしょう、服用しますと胃がキリキリと痛みます。
少々の痛みならまぁ私は楽しむ派なので丁度良いのですが。
吸引するタイプのお薬も処方していただきましたよ。
これはなんと一回一回、白い粉を充填して吸引するものです。
コナ自体は少量でもかなりキキますよぉ?うひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ。


さて、ここからが本題なので、ちょっと居住まいを正して読んで頂きたいのです。
よろしいですかな?

このお薬は本当によく効きます。
短いものではありますが、無敵時間を作ってくれるくらい頼れる奴です。薬だけど。
その反面、もちろん良薬だけに苦いのです。

苦いお薬の後味をいつまでも楽しむ趣味はありませんから、
私だって何か甘いもので口直しをしたいなぁ、なんて思っちゃったりなんかするわけです。

いや、甘いものっていうのは単なるモノノタトエですよ?言葉の綾ですよ。
でもほら、どうせ口直しするなら甘いものがいいなぁ、なんて思わなくもないわけですよ。

そのぅ、甘いものって言っても世の中には甘いものは色々ありますよね。
でも、この場合に私が言う甘いものってまぁなんですか、その、一種類に限るわけですよ。
いやいや、色々と種類はありますけれどもね。

あらあら、気が付いたらもう今月も半ばに差し掛かりそうなんですね。
そうかぁ…もう二月の半ばですかぁ…

別にほら、私ここまで「饅頭こわい」を書き綴ってきたわけじゃないんですから、ね?
和風じゃあないんじゃないかと思います。ゴホンゴホン。

アーモンド等のナッツ類が入ってるタイプはあんまり得意じゃありません。
あ、いえ、こっちの話ですよ?ゴホンゴホン。あ、また咳が。
…シガレットタイプだなんて悪い冗談です。

焼酎やウィスキーが入っているのも邪道だと思います。私は下戸ですし。
って、私、さっきから何を口走っているんでしょう。変ですね。あはははは。


最後に念のために書いておきますが、
誠に誠に不思議なことに同性の方に協力していただくと、
後味がお薬よりもなお一層苦くなるのです。

いやはや、なんとも奇怪至極でござるなぁ。ゴホンゴホン。
あ、お薬を飲まなくては。
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2006年02月11日

死に至る病・再び(BlogPet)

きょうCattleyaは再発したかもー。


*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「Cattleya」が書きました。
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2006年02月09日

死に至る病・再び

平穏に日常を暮らしていく上で様々な障害を発生致しますので、
心の底では密かにずっと怖れ続けていた私の持病が再発してしまいました。

つまり、私の今までの記事は全て恐れを隠しながら書いていたことになります。
隠し事をしながら生きるのは大変なことですね。
その証拠にご覧下さい、このブログの記事の数々を。惨々たる有様です。
私も他の事を気に掛けながらでなければもう少しまともな文章が書けるのですが。

さて、私の持病ですが、題名に掲げた通り、死に至る病であります。
私はいつかきっと死を迎えることでしょう。
とてもこのままではあと200年も生きられそうにありません。困ったことです。

病名や症状及び治療法について書きたいと思っていたのですが…
ちょっと今、時間が有りませんので次の記事にしようかと思います。
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2006年02月08日

闘気

私は先日になってふと気が付いてしまったのですが、
オリンピックというものに全くといって良いほど興味がありません。
夏季冬季に関係なく、競技自体をテレビ等で観たことが殆どないですね。
こたびの冬季五輪はいつ、どこで開催されるのですか?
当然、目にはしているはずのデータですが、関心がないので記憶に留まっていません。

スポーツニュースで流れる分には特に目障りでもありませんから目を通しますし、
ハイライト程度なら期せずして押さえていることになるのかな?

無論、サッカー五輪代表の試合は予選から可能な限り全て観ていますが、
私の認識ではあれはU-23代表の大会でありまして、
本大会が五輪会場であるかどうかということは本当にどうでもよろしい。
省みれば、ユースの大会と同じ感覚で観ておりますね。

五輪という存在に関心を持たない理由を説明するのは非常に困難です。
興味があるのが普通、という認識がないものですから。
「なんだかメディアがやかましく騒いでおるな」という程度の認識しかありません。
そもそも、スポーツ観戦というもの自体がそれほど好きではないのかもしれませんね。

サッカーは何故か別格です。好きなものですから。

あの、本当に悪意もなく言うので無礼を多目にみて欲しいのですが、
私は他人がどれだけ頑張って駆けっこをしているのか、なんてどうでも良いのですよ。
自分のやらないスポーツ、やったことのないスポーツを観てもピンと来ませんし。
私にとっては大相撲を観ないのと同じといえば同じですね。
あれも毎場所毎場所、世界最高峰の取り組みが行われているのでしょう?
観ないのでよく知らないのですけれども。

そういえば、甲子園で球児たちが頑張っていても全く気にしませんね。
嫌いなわけではありませんが、それほど野球好きでもないのも関係があるのでしょうか。
高校サッカーは決勝くらい観ますから、この扱いの差は事のほか大きいですね。

そもそも応援という行為自体と私の親和性が低いのかもしれません。
国際大会を観ていても代理戦争として認識する回路が私には有りませんし…
他者に感情移入できるほど可愛げのある人格を持ってはおりませんしねぇ。
日本代表というのは私とは全く関係のない人たちを指す言葉です。

どちらかというと、How are you? が言えない首相を持ったことの方が、
私としては一大事であり顔から火が出るほどの恥であったわけなのですよ。
学がなければ政治家ではない、とは申しませんが。
中学一年生が学ぶ内容が身に付いていない国民の代表者というのはちょっと、ね。
ゆとり教育であるとかシステムの問題では片付かないことも多々あるのでしょう。


む?
…そもそもテレビを観ないですね、私。
例外的にサッカー中継はなるべく観るようにしていますが、
それもそれほど熱心にしているわけでもなし。
他に私の関心を引くようなものは稀ですね。

あら。ただ、それだけの事ですか。
私がテレビを観ないだけですね。我ながら詰まらない結論です。


テレビといえば、地上デジタル放送が始まっていますね。
地方によって開始時期にばらつきがあるとは思いますが。
新しい楽しい地上デジタルテレビ放送-パーフェクトガイド
というページが総務省のサイト内にありました。
何の話か分からない方は一度訪れておく価値があります。
別段のデメリットを生じる政策ではなさそうですが、
まぁ各種業界の意向に忠実に従っているだけであることは間違いありません。
胡散臭いお金の流れのニオイが漂っておりますよ。

「イギリスやアメリカ等の諸外国でも、地上デジタルテレビ放送が開始されており、
放送メディアをデジタル化することは世界の潮流となっています。」
なんて説明がされているくらいですから、不自然じゃないわけがありませんな。
諸外国の名前を出せば国民を説得できるのですか。安い国ですね。ふふふ。

誤解の無いようここでも説明をしておきますが、
地上デジタル放送に切り替わるからといって、
現在お使いのテレビを買い換えなくてはならないわけではありませんよ。

専用のチューナーさえ購入して間に噛ませれば良いだけです。
どうもこの情報がちゃんと市井に伝わっていないような気がしてなりませんな。
家電メーカーさん達はこれからテレビを売りさばく特需が来るつもりでいるようですが、
私はその手には乗りませんぞよ。


どうせ、観ませんし。テレビ。
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2006年02月07日

うぞうむぞう

個人主義の導入から随分と長い時間が経った今日では、
個性の重要性が叫ばれるようになって久しいですね。

私が書くのはいわゆる論説文や評論文に近いものですから、
内容としてはどうしても時代に逆行するものになりがちです。
そんなことを踏まえた上で、個性とは一体何ぞや、ということを考察したいと思います。

まず始めに、書き手たる私が没個性の権化のような人間であることをご了承ください。
「お前ほど平凡な人間はみたことがない」と言われた事があるくらいです。
これはもちろんモノノタトエでしかありませんが、
他に類稀なほどの特徴となりえるほどの平凡さというのは
むしろ特異な個性といってもおかしくはないものではないでしょうか。
何しろ他にみたことがないような生き物なのですから。

私が書きたかったのはこんな稚拙な言葉遊びではなかったような気がします。

そうそう、個性を持つことが重要である、と言われていますが、
一般に求められている能力というのは「個性」ではないのではないか、
というお話がしたかったのでした。

個性的であること、というのはまず心がけてなんとかなるものではありません。
自分を個性化しようと試みるのは既に凡人の所業であります。
お諦めなさい。あなたが個性を身につけるのはもう無理です。
そんなことよりも、自分の無個性さに感謝しつつ、
他者の個性を受け入れられるように心がける方が余程建設的な生き方です。

私がこんなことをわざわざ書くのはどうしてかと申しますと、
個性というのは基本的に困りもの以外のなにものでもないと思うからであります。
たとえば、母国語の使用法に不自由である、というのも個性です。
意志の伝達に支障を来たすものですから、周囲にいれば困ることもあるでしょう。
しかし一方では、既存のルールに縛られない言語感覚こそが、
あらたな表現の地平を切り拓くものでもあります。
正常な倫理観を持った人間はあまりスプラッター映画など撮らないのではないか、
と思います。これは私の偏見に過ぎませんが。

もっと単純化してお話をしますと、
人をアッと言わせるアイディアマンというのはどこかで人格が破綻していますよ、
ということです。
そういった人材が必要とされる場面もあることはありますが、
ルールに縛られない人間、発想が自由な人間というのは御しがたい隣人でもあります。

常識的な人間は見方を変えれば偏見と固定観念に満たされた人間でしかありません。
「時代に対応した柔軟な発想」とやらを出すのは幾分か非常識な人です。
今この文章をお読みになっている時点で、
ご自分が常識と良識のある大人である自覚のある方は、
どちらかというとアイディアマンに驚かされる方向に既に向いています。

常識と道徳心のある社会人というのはつまりこの上なく没個性化された人格であります。
個性化は特化に近い概念でありますから、
個性的な人物というものは何か特異な状況では人よりもよい性能を発揮しますが、
それ以外の場面ではそれ以下の役立たずであることが殆どです。
それに対して、没個性というのは高い汎用性を保障するものです。

「自分の知人の○○はそんなことはない」と内心反論している向きもおられるでしょうね。
個性的でありながら色々な場面に優秀な対応している人がいる、と。
私からお尋ねしたいのはその人物はどの程度の個性をお持ちなのか、という点です。
ちょっと面白いことを言える、だとか、
変わった趣味をお持ちである、という程度ならばそれはさほどの個性ではありませんよ?

その程度の差異ならば、わざわざ求めなくとも皆さんには備わっています。
どうかご安心ください。
ちょうど、各々の目鼻の数が大体一致していても顔立ちには変化があるように、ね。
むしろ普通であろうとする努力を続けてください。いつものように。
その方が実際的であります。

なんどか上述していますが、社会が求めているのは普通人です。
もちろん割りと優秀な普通人である方が望ましいのですが、それだけのことです。

まぁ想像しても御覧なさい。

どのようなお仕事でも構いませんが、
いちいち指示に従わず、
全てにおいて自分の考えた新しい方式を導入しようとする人間と、
共に働きたいと本当に皆さんはお考えですか?

あなたよりも規定の路線を疑う力に秀でた部下が、
あなたのやってきたこと、やろうとしていることを全て否定し、
常にその上を行かれる、というのは望ましい職場ですかな?
そんなことより、空気を読んで(つくづく奇妙な表現ですね)、
あなたの指示に従い、
指定された書式にちゃんと沿う書類を上げる部下が欲しくはありませんかね?

疑う力のある人間など無用の長物であります。
切れすぎる剃刀などに誰も用はありません。

ですから、皆様にはできるだけ常識人であるように努力することをお薦めします。
個性なんていうものはこの国では求められていません。
周囲に合わせて波風を立てない方法をなるべく勤勉に学びましょう。


それから、ご自分が個性的である自覚のある方へ。
それが本当に個性と銘打つ程の特徴かどうか私にはわかりませんが…
残念ですが、あなたは基本的には役立たずでしかありません。
早く、ご自分の特色の活かせる居場所が見つかると良いですね。

もし運良くそれが見付かったときには、
そこから極力出てこないようにくれぐれもお気をつけ下さい。
世間の風はあなたに容赦しませんよ。これっぽちも。

ひょっとすると一代で財を築き上げるかもしれないのは、
あなたのような人物なのですが、
確率的に言って宝くじに当たるかどうか、と似たようなものです。
勘違いなどと共に舞い上がりすぎませぬよう。


私は無個性で生き易い人生は選択に足りると思っておりますよ。
悪くないものです。風潮に流され続けるというのも。
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2006年02月06日

動機息切れに窮心

以前のように毎日更新をしていける環境が整ってはいるのですが、
このブログの運営を再開するのかどうかについては、少なからず葛藤がございます。

再開に先立ちまして、とある人物が私に
「よくあんなの書くよね」と言ってくれました。

「あんなの」の真意ははかりかねますが、
それは私がかつてweb日記等を公開している方々に抱いていた疑問と
軌を一にするものであろうと思います。
他人様の目に触れる形で日記を書く、という行為は、私にはできそうもありません。
生来、私は陽気な性質ではありませんから、
日記など書いたところで、死にたい、としか書かないことでしょう。
もしくは、果てしなき愚痴の垂れ流しになるか。
はたまた、死ね、と書き綴るかもしれません。それはそれで興味深い、かな?

他人様の同情を誘うような行為は私の意志に反しますので、日記などは書けません。
そんなあざとい真似は出来かねます。
私はそういったことを狙うときはもっと器用にやり遂げますよ。
同情というのは特定の個人から引き出すからこそ価値を生じ得るわけでありまして、
無差別に対象を拡大するのはあまり賢い行いとは思えません。
…金をくれ、という場合には対象が多い方が効果的ですかね。
ふむ、逆効果だとも思うのですけれどもねぇ。

それはさておき、私は何がしたくてブログなど作ったのでしたっけ。
お客様方におかれましては、割とどうでもいい話だとは思います。
「御託はいいから更新してろよ、この暇潰しの種が」
とお感じになるのが、普通の感性といったところでしょう。
お願いですからもっと口汚く罵ってください。

動機は大切ですよ?
動機がなければ台詞のひとつも口にできやしませんから。

それで、私は「思考の履歴を記録しておく」ことを理由に、
この場をお借りして愚考の数々を披露して参りました。
そして、私は人生にも少なからず疲労して参りました。
思えば、恥の多い人生でありました。
何の話をしていましたっけ?えーっと、そうそう、動機だ動機。
犯行にだって動機が必要なこのご時世ですよ?
ここを疎かにしてしまっては立派な推理小説作家にはなれないのです。
なりたくもないのですけれども。

当初の目的は、どうも達成されていないような気が致します。
それと言うのも、私が成長をしていないからなのだと思います。
一向に変化の兆しの無い履歴など、残しても何の参考にもなりません。
いっそ月刊や季刊にすれば趣旨を全うすることができるやもしれませんな。
心なしか、文章も段々と投げやりになってきておりますしね。
ただ、ここには私が私をかろうじて維持するために機能している、
という側面があるのでしょう。
七面倒な世界から全速力で遠のいていっている私が、
他者を意識しながら行動する数少ない機会ですから。

それと、ですね。
困ったことに長らく?休止を、それも期限を明示しない休止をしていたのにも関わらず、
このブログのアクセスはそれほど減ってはいないのですよ。
これにはちょっと参りましたね。
単なる惰性であろうとは思うのですが、
わざわざ足を運んでくださる方は無視するわけにはいきません。
何かお礼を致しませんと、人としての道に背いてしまいますものね。

そこで、告知です。

常連の皆様につきましては、IPを抜かせていただきましたので、
夜道並びに背後、ついでにハッキング、クラッキングにご注意下さい。
特に大学の研究室からアクセスしていると思しき方々よ、
ここは忙しい研究の合間を縫って来るところではありませんぞ。
大体、各種研究室からのアクセスは深夜や未明に集中しているのですが、
諸君らは一体どのような生活形態をしておられるのですか?

それで、ですね。
結論として、私も惰性で更新を再開することと致します。
出来る限り、日に一度は記事を書いていきたいと思います。

というのを建前にしまして、
「可哀想な私」をそこはかとなく総力を挙げてアピールする文章を書き綴って、
最終的には同情婚の相手を調達するのが当ブログの目的となりました。
趣味を持つからには実益も狙わなくてはなりません。
世知辛い世相になったものです。

管理人kamelliaは謹んでここに宣言します。
結婚相手が見つかった暁には、このブログを閉鎖します。


そうして、終日逡巡は断続的に閉鎖と再開を繰り返しましたとさ。
めでたしめでたし。

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2006年02月05日

主客表裏

長らく更新を停止しておりましたが、
不幸にして復旧できるところまでこぎつけてしまいました。

久々にこうして打ち始めますと、キーボードの感触も違いますね。
なんと申しましょうか、こう…
ナメクジののたくった後を這いずり回っている気分がします。
このネバネバが体に良いらしいですよ?うじゅるうじゅる。


話は変わりますが、本日の私はなんだか少し面白いものを観てきました。
人形劇団「ひとみ座」さんが60周年公演としてリア王を演ってらっしゃいましてね。
人形劇と申しますと、私の脳裏をよぎるのはひょっこりひょうたん島だったり、
三国志であったりするのですが、このひとみ座さんはそのひょうたん島のチームです。

あらまぁ、そうだったんですか。私も今、知りましたよ。

といった具合に私はそれほど人形劇に関心を持っていたとは言えません。
しかし、私の友人で人形使いとしての基礎を修めているKJ氏が、
珍しくも言葉を尽くして素晴らしさを訴えてくれるわけでして。
そもそも彼奴は強くものを勧めるといったことをしない人物ですから、
少し興味をそそられて観に行くことにしたのですよ。

思えば私の人生の大部分は誰かに何かへ誘われていることで構成されています。
ひょっとするとそんな動機で生誕してしまったのやもしれません。
えーと、私を誘った方、できれば責任を全うしていただきたく思います。
怒らないので前に出てきてください。
うん、ぜーんぜん怒ってないから。ね?

それ、で、人形劇を観て来たわけなのですが。
これがちょいと面白いものでした。

人形劇というとあなたも私も連想するものがありますね。
失礼な言い方をすれば、私の人形遊びの延長上に存在するような、あれです。私の?
あれとは全く違う次元のものでした。
確かに人形がお芝居を演じているのですが、あれは半ば人のような、そんな様態でした。

どちらかといえば、仮面を被った人がお芝居をしている。
と言った方が正しい状況説明になるのではないかと思います。
まず、人形ではないものを想像していただきたいのですよ。
私に思いつく最も近い存在は獅子舞ですね。
実物を見たことはありませんが、アレは人がカラクリの中にいて、
複数人で獅子に扮するものですよね?
丁度あのようにしてリア王が演じられたわけです。

ですから、人形というか役者と申しましょうか、
大きいのですよ、はい。等身大ですね。
それで、本体になっている人と、浄瑠璃よろしく左手担当の人と、
二人で一人なのです。
なかなか言葉で説明するのは難しいですね。ふふふ。

声はその本体の方が出しますから、
やっていることは要するにお芝居と同じになります。
パペッターさんにはまず、役者さんの仕事が全て降りかかっているわけです。
その上で、人形のカラクリを操作している。といったら凄まじさが伝わりますか。

お芝居の用語でダブルキャスト、というものがありますね。
あれは一つの役に二人の役者さんがつくことを差します。
この場合の役者さんは…別にやることに変化はでません。
役作り等含めてもさしたる違いはないのではないか、と、思います。
私にはお芝居の事はよくわからないのですが、
しかし、二人で一役をやる、というのはちょっと想像を絶します。

誰かの左手を邪魔にならぬよう正確に動かすのは至難の業でしょう。
本体とは別の脳を持った左手、まさしく寄生獣の世界ですな。

ちょっと考えてみただけでも、思いつくのはデメリットの数々です。
どなたかご自分の左手の操作権を私に譲ってくださる方はいらっしゃいませんか?
なぁに、悪いようにはしませんよ。ひっひっひ。
とまぁこんなことが思い浮かぶのは、私が今、少し冷静に振り返っているからです。
何よりも安全を尊ぶ私の神経なら決してやらない試みであろう、と。

しかし、ですね。
怖ろしいことにひとみ座の方々は一役を二人で行って人形を操ることで、
「人間以上」の境地を啓いてしまっておられるのですよ。
この私の驚愕がうまく伝わるとよいのだけれど。

人であるからこそ出来ること、伝えられることももちろんありますから、
単純に生身の役者さんが劣るとか劣らないとかいった話ではありませんが…
人間では出来ない表現が人形には可能なことがあるでしょう。
分かりやすく言えば、人形は舞台上で死ねますから。
トリックもなしに絞首刑に処される事すらできます。


観終わったあとに殺到した驚きについてのお話ばかりになってしまいましたね。
もちろん、舞台自体が素晴らしいものだったのですよ。
私は目新しいものには概して身構えてしまう性質ですが、
こんな私すらもが楽しむことができました。
今ではなんだか申し訳の無いような気持ちでいっぱいです。
すみません。ちょっとばかり魅せられてしまいました。

これも書き始めると長くなりますから大概にしておきますが、
シェークスピアは読み物としては面白いのですが、
実際に舞台で観るとなんとも不自然な台詞回しが鼻についてどうもいけません。
普段からいささか芝居がかった言葉遣いをする私ですら、
あの違和感に圧倒されて話に入っていけないのですよ。
格言だけで会話を成立させる荒業は比肩するものなき逸品ですけれども。

日本語で観てるのがいけないのでしょうかね。そうかもしれませんね。

本日の更新内容は…要するに御礼状というものなのです。
KJ氏、ほんの少し悔しいのですが、良いものを教えてくれてありがとうございます。

そして、この記事を読んでどなたかが人形劇に興味を持って下されれば、
書いた意義が広がりをみせるというものでしょう。
2008年公演予定のマクベスは是非にも観に行きたいですね。


その頃まで、私がこの世にあるかしら。
リアよ、
kamelliaは王たる身でも、娘を持つ身でもない自分を少し幸いに思います。
posted by Kamellia at 03:56| Comment(2) | TrackBack(0) | 今日の思いつき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月04日

who just can't be beat(BlogPet)

いつも、Kamelliaは
痕跡にこそ残っておりませんが、今年の始めにハッキングを受けて一時閉鎖していたことを考えると、これはなかなかにブログペットな道のりだったと言わなければなりますまい。
とか考えてたよ。

*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「Cattleya」が書きました。
posted by Kamellia at 09:19| Comment(0) | TrackBack(0) | こうさぎの呟き | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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