2006年08月15日

この国が平和だと誰が決めたの

人の涙も渇かぬ内に。

終戦記念日にちなんだお話でも書いてみましょうかね、と。
あまり政治的な意見を書くのは賢明な行為とは思われません。
このブログに求められているのはそういう要素ではないと思いますし。

我らが頼れる首相様が靖国神社に慌しく、逃げ去るように参拝をした、
というのが本日の大ニュースなのだそうですが、
そもそも、神社に行くだの行かないだの、
日曜学校に通うだの通わないだのということは、
何か公共の利益になるようなことなのでしょうか。

公約というのは一般にもっと政策的な内容についての約定であって、
「プリクラを撮る時はいつもこの角度」
「製法はともかく直径1.5mm以下なら糸蒟蒻」
「ゲームは一日一時間」
などなど、こういった自分ルールに近くありませんか?

勝手にしてくださいよ、そんなもの。
公費を使わないで下さいよ、そんなことに。
寿命が削られるほど忙しいのではないのですか、あなたは。

と思うのですが。

中国、韓国あたりの反応はかなり大袈裟に見えますが、
これらの国は日本の旧植民地であって、我々は旧宗主国。
彼らにとっての「解放記念日」に、
わざわざ宗主国の代表が当時の為政者の祀られている神社に行くのは、
ま、人によっては少々気に障るのであろうな、とは思います。

それと、ある国でナショナリズムが高揚しますと、
必ずその隣国でもナショナリスト達の主張が声高になりますので、
毎年この時期になると狼同士の遠吠えが共鳴しているかのような、
そんな様相を呈するわけですね。

戦争を知る世代がはかなくおなりになると、
各国に、比較的大きな分岐点が現れますよね。

それは日本においては、再軍備の議論となるでしょう。
韓国においては、北朝鮮との統一事業の議論が、
そして、中国ではきっと共産党政権に揺らぎが生じることでしょう。

斜陽の経済大国は平和主義、という大義名分を捨て去るのか、
民族主義は経済的な成功を放棄させるほどの連帯意識を生むのか、
世界最大の多民族国家は、分裂せずに維持できるものなのか。

これからの30年も、極東地区は見所たっぷりでお送りしますよ。
真っ先にキャストから消えるのは私だとおもいますけれども。

そうそう、折角ですから、平和への提言もしておきます。
これは自信を持って断言できることですが、
人類の叡智を結集してギリギリ勝てるかどうか、
というレベルの侵略宇宙人と地球が交戦状態に入れば、
アジア情勢は一先ず落ち着くことでしょう。


のっけから他力本願ですが。
これなら神頼みでもしたほうがはるかにマシですね。
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2006年08月14日

いつか動かなくなる時まで遊んでね

これもいつもの素朴な疑問というものですが、
競馬界というのは過激派動物愛護団体とは対立していないのですか?

莫大な利権も絡んでいそうなので、まぁ無事なのでしょうけれども、
彼らの言うところの可愛そうな、愛すべき動物と
殺戮対象の動物の境目はどこにあるのでしょうか。

家畜とそうでないものの間ですかね?
それにしては犬や猫などの哀願…おっと、愛玩動物は大切にしますよね。
血統書をつけて交配を管理するのは大切にしていることになるのかどうか、
私はどうやら犬や猫ではないので、わかったものではありませんが。

ネズミという生き物は、愛玩動物にもなりますよね。
本物の方は比較的冷遇されていて、
夢と魔法の王国で犬を友人にしたり飼ったりと忙しく立ち回っていたり、
100万ボルトの電流を放ちつつテレビの前のお友達を失神させたりと、
世界を股にかけた活躍をしている方々は…ネズミの原型を留めていませんな。

モルモットに至っては実験動物ですものね。
あ、話は変わりますが、皆様はNOGマウスという生き物をご存知ですか?
人工的に創造された免疫機構を一切持たないマウスで、
医療品の験体として世界中で重宝されているネズミです。
意外なことに開発に成功したのは
神奈川県で二番目に大きな我が市らしいのですが、
あまり良く知らない情報について書くのは止しましょうか。

サラブレッドの交配の状況は、
生命倫理の観点からすると結構問題があると思うのですが…
これはイネの品種改良を「遺伝子操作だ」と騒ぐようなものでしょうか。
桜肉も美味しいですもの。

作物のようなものならば、愛護、愛玩の対象にはならないのですかね。
ということは、例えば鯨の養殖に成功したら狩ろうが喰おうが
全く気にしなくなる…と?
しかし、ロブスターや鯛の活造りを残酷と評する神経については、
あまり有力な解説にはなりませんね。

先ほどから私が何をぐるぐると愚考しているかと申しますと、
人が愛するものと消耗品にするものの差を考証しているのですよ。
私はよく使い捨てにされますが、
いま少し人類と良好な関係を築きたいわけです。

傾向としては、何かしらの点で便利な生き物は、
感情を移入されて擬人化されやすいようですね。
擬人化さえ成功すればカエルだって愛されますから。
サンリオのデザインセンスには脱帽です。
「ふたりはいつも」の挿絵ではああは行きますまい?

擬人化ですか。当面の目標はその辺りにしましょう。
カエルよりも人類の役に立つところをアピールしたいと思います。
…勝てないかもしれません。

どなたか私を愛玩してはいただけないものでしょうか。
無茶は重々承知の上ですよ。


お客様の中に、虫愛ずる姫君はいらっしゃいませんか?
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2006年08月12日

暴力は無能者の最後の避難所である

厳密に言うと誤差があるようですが、
ある聖人の死からの経過時間がどんな区切りをむかえようとも
人類自体に成長なぞ見込めないものですから、
今世紀もやはり、暴力の世紀になっております。

私の待ち望んでいた世紀末救世主は遂に訪れず、
パチンコ屋さんに行列を作るのに加担している始末ですよ。

暴力で人を支配できる、というのはやや時代遅れな発想だと思います。
ま、米英がそもそも力で押し切ろうとしたのが発端と言えなくも無いので、
両者の思考形態は実は、それほど隔たったものではないのかもしれません。

思考形態が似ているのなら、対話しなさいよ。
と思う私は、ま、平和ボケとやらをしているのでしょう。


また、「次」がありそうなので、
私はこの辺りで発言を控えたいと思いますが、
最後に、問題の終息を図る一手を。

今日付けでジョージとトニーが回教徒に改宗してはいかがでしょう。
何かこう、皆、真剣にやり合うのが馬鹿馬鹿しくなって、
問題も一気に鎮火とか、してくれないものかと。

オマル・トルシエは時代の先駆だと言いたい。
…わけでは、決して無いのですけれども。


さあみなさん御一緒に。
「アッサラーム!!」
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2006年08月11日

九頭竜

先日、珍しくディズニー映画なぞを拝見しまして。

感想を一言で表すと、
「他のシーンは要らないからジョニーをもっと撮って下さい」
に尽きます。

何故か映画館で観たマトリクス・リローデットを髣髴とさせる
投げっぱなしな展開の映画です。

他に見所といえば、とある海賊船の船長さんの造型が、
あのクトゥルーそのままであることくらいでしょうか。
これはテレビのコマーシャルにもちらっと映っていますね。
気になる人には気になるデザインだと思います。

クトゥルー神話について、ある程度以上の知識と関心をお持ちの方は…
その精神のありようがちょっと心配です。
海底遺跡もしくは海底神殿ともいわれるルルイエに眠る、
あの邪神クトゥルーですよ。
太古の地球に飛来せし旧支配者たちの一角にして、深きものどもの長。

そもそも、ファン層がわかりませんね。
日本でそれほど知られている神話とも思えませんし、
オカルトともちょっとジャンルが違います。
純粋な神話として扱うのはやや抵抗があります。
かといってファンタジーというには余りに異色ですよね。

私がこの邪神群と接点を持ったのはとある学園の、
高等部の誇る新図書館(当時)の地下一階書庫です。

一体どのような邪悪な意図をもって誰が揃えたものかわかりませんが、
なかなかいびつで良い趣味だと思いますよ。
私は真面目にお勉強をしている振りをしてそんな本ばかりを読み、
己の真の主に思いを馳せていたのです。

私の残酷な世界では、人の主は他ならぬその人自身です。
どんな教えよりも厳しい結論だとは思うのですがね。
あ、私は人でなしなので関係がありませんが。
私がどれだけ苦悩しようが、神も仏も知ったことではありますまい。
私も、神や仏の悩みにまで立ち入るつもりはありませんし。

エルサレムに神も仏もあるものですか。

大きく脇道に逸れましたが、映画のお話に戻りましょう。


「海賊王に俺はなる!」とかいう素敵なアニメですよ。
いいからジョニーだけを映して戴きたいのですよ。
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2006年08月10日

塚に葬られる前に

本当にもう、ブライト艦長に敬礼をしなくては今夜の私は納まりません。



では、黙祷の済んだところで、毎度馬鹿馬鹿しいお話をひとつ。
これは私の素朴な疑問ってものなのですが、
ネクタイを締めているときに皆さんは、
どうしてそんなに苦しそうに振舞っていらっしゃるのでしょう。

いくつか考えられる例外を除いて、女性の方は
あの機能性において存在価値を見出し兼ねる装飾品を装着したことは、
無いものなのではないかと思います。
人のものを締めたことはあるのかもしれません。

こう、きゅっと、ね。ふふふ。

ネクタイの歴史につきましては、
あれはそもそも、とある軍で流行した弾除けのお守りのようなものです。
それがあの競馬のダービー卿のファッションから広まり、
今ではホワイトカラーの象徴のような流行をしております。

そもそもは兵装の一部なのですけれども。奇妙なことですね。
まぁ100年もしたら理解のされないファッションになっていることでしょう。

それはさておきまして、ネクタイが苦しいものだとお考えの皆さんに、
私は昔から暖めていた疑問をなげかけたいのです。

ワイシャツの首回りの径、合っていないんじゃありませんか?

もし、もしもご存じない方がいらっしゃったら、
これは大変なことですが、
ワイシャツは首の径に合わせていくつかのサイズから選ぶことができます。

「ブラウス 首」で検索すると、
何故か四つ足の生き物の晴れ着の購入を勧められるので、
女性の衣服にはその概念が無かったりするのでしょうか。

私は大体、首回りが40センチか42センチのものを着ています。
体格の割りに首が太いのは仕様です。
ネクタイというのはマンガやアニメで無い限り、
着ている服の襟に合わせて締めますので、
シャツが体に合っていれば、苦しくなるわけがありません。

ですから、何故ネクタイを窮屈がるのか私には一向に理解できないのです。
ゆとりをもってちょっと首回りが大きめのシャツを着て、
ゆったりとタイを締めると、いつもと違った寛ぎのある着心地になれます。
そうして、リラックスしてみると、普段はカリカリしていて見過ごしがちな
新しい視野も手に入り、常よりもお仕事がはかどるのではないか、
そんな提言もしてみる次第であります。

クールビズでも良いのですが、
私にとってはどちらも大差がないように感じられるのですよ。
ひと手間着替えから減ってくれるのは楽ですけれども。

いずれにしても、キツキツの下着はあまり良くない、ということですよ。
こう、心がギスギスしてしまいますからね。


ところで、私の首がそろそろ回らなくなってきた件につきましては、
債権者各位は広い心をもって、
ありのままの事実を余裕の笑みと共に受け止めて戴けると幸いに存じます。

猶予もください。はい。
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2006年08月09日

犬も喰はぬものなり

思い立ったが吉日、ということで久々の更新をしてみようと思い立ちました。
果たして吉と出るか凶と出るか皆目見当も付かないのですけれども。

どうでも良い話ですが、未だに私はタッチタイプができません。
思い切ってタイピングソフトでも購入すれば、
買ったことに満足してそのままにしてしまうこと請け合いですね。
時間と手間を掛ければ何がしかの進歩を期待しても良いのではないかと、
そんなことを考えていた時期もありました。

回数を刻めば無条件にナニカを上達すると言うのであれば、
生来続けている私の呼吸は永劫に止まらなくてもよさそうなものです。
実際には、呼吸を止める練習の方が簡単に成果が現れるのは
一体どうした法理の為す綾でしょうか。


とあるお店で冷たいお蕎麦を戴きながら、ちょっと考えてみたのですが。
お蕎麦というのは、ほら、ズズズッとすすりこみますよね?
こう、ズズッと、ね。

うーむ。
たまりませんな。

いつまでも口の中に入れてクッチャクッチャ噛んでちゃいけませんぜ。
こう、蕎麦ってなぁ喉で味わうもんなんですよ。
従って、一度に箸に取るのは一口分の分量でなくてはなりませんね。
それもこう、おつゆにベッタリ浸しちゃあ、
麺の味の良し悪しもわからない状態になりまさぁね。

とかいうのはきっと小学生の頃に読んでいた落語から学んだのでしょう。
私の家では非常に軽い扱いをされているお蕎麦について、
こんな通っぽいお話が聞けるわけがありませんものね。

はて、何の話をしかけていたのかしらん。

あ、ズズッと麺類をすすりこむお話ですよ。
あれが出来ない、若しくはしない、という方もおられますな。
服を汚したくない、という観点もあるので、
女性の方に多く見受けられるのではないかと思うのです。

確かに、カレーうどんなぞを元気良くすすった日にゃあ、
一張羅は台無しですよね。
一張羅まで着てカレーうどんを食べている状況はやや特殊ですが。

ところが、ここで私は一つ誤解を解いて置きたいのですよ。
こうして書いていると、服を汚してばっかりのようですが、
麺類をすする、というのは全く意味の無い食事法というわけではないのです。

これは冷たいお蕎麦をすすっていても効果を実感するのは難しいのですが、
熱いものを戴いている際に真価を発揮するのです。

数ヶ月前に猫舌である自分に開眼した私ですが、
その私が楽しんで麺類を平らげているのは、この習慣のお蔭なのです。

こう、ズルズルッとやっていると、
口の中には熱々の麺と周囲の空気が供給されるわけですよ。
私の経験則では7:3くらいが程よく簡単お手軽で便利ですね。
伸びる前にいただく為の必須テクニックってものです。

幼い頃に江戸っ子な蕎麦ッ喰いに憧れて始めたことなのですが、
なんとなくこじ付けでも弁護してみたくなりまして。

まぁ、どちらかと言えば、
夜な夜な美女の生き血をすする生活にこそ、憧れていた時期もありましたが。

あ、白状しますと、こちらは今でもちょっと憧れております。
posted by Kamellia at 23:22| Comment(1) | TrackBack(0) | 今日の思いつき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月05日

灼けた Sun-Tanned の肌に(BlogPet)

Cattleyaは、Kamelliaが執筆する?


*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「Cattleya」が書きました。
posted by Kamellia at 11:03| Comment(0) | TrackBack(0) | こうさぎの呟き | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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