2005年10月20日

1/2

「A型っぽい」だとか「B型っぽい」だとか、
それを基準に輸血をしたら随分と愉快な結果になりそうな、
そんな会話も世間ではなされるようですが、
私は血液型で個人を識別しているわけではないので話について行けません。

それで、もうちょっと私が興味を持つ話題に換えたいと思いますが、
その系統の話では、よく「女兄弟がいそう」と言われます。
体感ですが四人に一人以上の方にされる指摘ですね。
家族構成までは知らなくとも私をご存知の方々、私にはそんな印象がありますか?

とっくに知っておられる方は今更なにを、とお思いになるでしょうけれど、
私は純然たる男所帯の出身でありまして、少し年の離れた二人の兄を所有しております。

一部ではつとに有名な話ですが、私には少なからずブラコンの気があるそうです。
兄弟の仲が良いのは悪いことではないと思いますけれど。

改めて書きますが、私は男ばかりの三人兄弟の末っ子です。
つまり、「女兄弟がいそう」な印象は事実とは大きく隔たっているのです。
人を外見で判断すると事実を見誤るという教訓にもなりそうですが、
「女兄弟がいそう」な印象が発生したところまでは事実ですから、
その原因には興味をそそられますね。

そもそも「女兄弟がいそう」というのは、どんな雰囲気なのでしょう。
私をよく知る人に尋ねてみたところ、
「あんたは女っぽい」という貴重なコメントを頂きました。

…参考になるようなならないような。
私の女性的なところって、どんなところですか?

それをさておくとしても、
「女兄弟がいれば女性的になる」というのは本当に正しい認識なのでしょうかね。
数え上げれば反証の方が多く挙がりそうな予感がしますよ?

逆に「男兄弟がいると男性的になる」かというと、
これも反証になりそうな人が沢山脳裏をよぎります。
私と同様に二人の兄を持つ人物を知っておりますが、
彼もどちらかというといわゆる男臭さとは遠い人ですなぁ。

生き物は多かれ少なかれ影響を与え合っているものですし、
家族ともなればその影響力が他に比べて多大なものになるのは自然なことでしょう。
しかし、人間というものは朱に交われば赤くなるとは限りません。
カツオ君のどこが女性的なのか、どなたかご教授いただきたいものです。

私はステレオタイプを絵に描いたような人間ですが、
私の兄たちはひょっとしたら変わり者なのかもしれませんよね?

大切なのは他者を型に嵌めて見ることではなく、
常に剋目して相対する心構えなのだと思うのですよ。


そういえば、こういったお話をお好みになるのは、
どちらかというと女性の方が多いような気が致しますね。これも性差でしょうか。

という発言が、適切ではない、というお話でした。おそまつ。
posted by Kamellia at 03:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 疑問・疑念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年01月20日

雪と試験と…なんでしたっけ?

御蔭さまで病は落ち着きつつあります。
この私が一日に一口程度しか食を摂らないという異常な事態は脱しました。
が、絶対に悪化させたくないので安静にしています。

とはいえ、じっとしているのも退屈なので、
積年の疑問を解消してみようと思います。

私は自己採点というものが苦手なのですよ。
振り返れば小学校の塾時代から、
中学、高校と、私の友人には必ず自己採点を習慣にしている人種がおりました。

何故ですか?

終わった試験の結果は覆らないと言うのに。
定期考査の際にもやっているのですよ。
一つの教科が終わる度に。

私は過去を振り返らない性質です。
…というのは嘘ですが、
どうせ後で採点した結果を知ることができるのだから、
前もって手間をかけて知ろうとする意味はないでしょうに。
私の性格を考えると、
一つの試験の結果が良ければ慢心して必ず次の試験で失敗を犯し、
悪ければ必ずやる気を失って次の試験の結果を悪くします。
まさに、どう転んでもロクな事はないわけなのですが…

常に好成績を叩き出す人だけが身に付ける習慣ならば、納得もいきますが、
私の周囲を思い出す限りでは、どうもそうとは限らないように思います。

…と、ここまでで私の疑問は書き尽くしたようにも見えるかもしれませんが、
実はここからが本題なのです。
前置きが長くてすみません。

では、そんな私までもが自己採点を強いられたセンター試験では、
一体どうして採点結果が受験者に通知されないのでしょうか?

ちょっと調べてみました。

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posted by Kamellia at 22:43| Comment(2) | TrackBack(0) | 疑問・疑念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年01月02日

23:45までの不毛な時間潰しのお話

今更こんな話題に触れても面白くもなんともありませんが、
例の戦争形式の歌番組の話ですよ。

そろそろ、観ていない方も多いかと思います。
私も基本的には面白くも無いK-1を観ていました。
あれも致命的に酷い興行でしたが…本命のPRIDEは録画に回していたので。
あんなに長い間をリアルタイムで観る気にはとてもなりませんから。

歌を歌いあっているものに勝敗を着けるという番組構成の意図が不明ですが、
どうしても決着が必要であるならば、
審査員が
「カーン」
「ありがとうございましたー」
などと、途中で切ってしまうくらいの審査をしてくれれば、
まぁ面白い見世物になるのかもしれません。

私が驚いたのは、そこだけしか観なかった審査のところなのですよ。
今回の紅白歌合戦ではBSデジタルハイビジョンの加入者から「お茶の間審査員」を募り、
嘘か誠か10万人程度が参加していたようではありませんか。

ここで、審査方法を確認いたしましょう。
NHKのホームページによりますと、

○荒川 静香 (フィギュアスケート選手)
○高島 礼子 (女優)
○滝沢 秀明 (俳優・タレント)
○中村 勘九郎(歌舞伎俳優)
○野口 みずき(陸上選手)
○野村 忠宏 (柔道選手)
○橋田 壽賀子(脚本家)
○日野原 重明(聖路加国際病院理事長)
○森 光子  (女優)
○和田 一浩(プロ野球選手)

・・・以上10名のみなさんに、中村 季恵NHK番組制作局長が審査委員長で加わり、
デジタルハイビジョンで参加する全国の
「お茶の間審査員」のみなさんとともに審査にあたる。
となっているようです。

私の記憶が確かなら、一昔前には野鳥の会の皆さんが、
会場のお客さんの掲げる…あれは何だったのでしょう?団扇でしたか。
何か色の付いたものを一生懸命にカウントして、票として反映させていた気がしますが、
もうやってないのですね。

「お茶の間審査員」による投票結果が発表されますと、
赤組が25000票くらい、白組は49000票程度の得票だったと思います。
観てのとおりに白組が倍近くの支持を集めたように見受けられますね。

この後、何のためにいるのかよくわからない会場審査員の投票を加えて、
最終的な結果が出るわけですな。
投票用紙がわりに色の付いたボールを入れて、まぁ開票をするわけですよ。

その結果は「赤組がボール3個白組より多い」ということで、
第55回紅白歌合戦は赤組の優勝に決まりました。

あら?

二組で争っておいて「優勝」という言葉を使うのは大仰過ぎる気もします。
会場審査員が一人一票を持っていて、
お茶の間審査員は集合体として、二票を持つ計算になっておるのですね。
ふむふむ。ならば、こういった結果になることも十分ありえるでしょう。

が、これにどこか納得の行かない気分を覚える方も多いことでしょう。
これは選挙でよく問題となる「一票の格差」という奴ですね。
会場審査員が一人につき一票を持つのに対し、
お茶の間審査員の皆さんは50000人分が一票なのです。
投票格差は五万倍。

つまり、お茶の間審査員の皆さんが勝敗の行方を握る重要度は
会場審査員の皆さんの50000分の一です。

更に言えば、勝敗を決する票は全部で13票。
その内の一票の五万分の一を決定する能力は、こう言い換えられます。

「勝負の行方に関するあなたの発言力は65万分の一です」と。

この数字を大きいと思うか小さいと感じるかは個人差があるでしょう。
私を含めた多くの人たちには投票権が全く与えられていないのですから。
公共放送の姿勢としてはかなり問題があるんじゃないかと思いますなぁ。

参議院選挙での一票の格差は、現在最大で5倍です。
これは非常に問題のある状態だと言えます。
何故ならば、憲法は個々人の能力差とは一切関係なく等しく人権を認め、
投票権を認めているからです。
何の根拠も無く、自分の意見が五分の一しか政策に反映しないとしたら、
馬鹿馬鹿しくて投票なんてしていられないでしょう?
自分の重要度が他者の五分の一だと断定されるようなものですから。

10万人と少しが投票して、結果に反映したのが8票で、10万票が死票になる、
というシステムはもはやコメディチックですらありますよね。
某国の軍事政権が選挙の結果を握り潰したのに等しい。

紅白の審査に話は戻りますが、
何とはなしに不公平感を感じるのは、
会場審査員が音楽の専門家では決してなく、我々素人と同じように、
ただの好みで投票をしていそうだからだと思います。

同じように、気分や好みで投票するのに、
「お前の意見は聞いていない」
と言われれば誰だって不可解に感じるものでしょう。

ですから、私が何を申し上げたいのかと言いますと、
波田陽区言いたい放談!
には笑わせていただいた、ということです。

私の受けていた印象よりもずっと骨のある芸人さんですね。
おそらく、生涯NHKの出入りは禁止でしょうが、
テレビ局にすら媚びない姿勢は他の追随できるものでは絶対に無いですな。

そして、駆け出しの芸人風情(失礼!)に
言いたいように言われてしまうとは…天下のNHKも堕ちたものですね。


でも…私は本当に格闘技に夢中で、波田陽区のネタそのものを観てませんから。
posted by Kamellia at 20:37| Comment(0) | TrackBack(1) | 疑問・疑念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年11月18日

無限増殖

本日もご来場戴き、誠に有難うございます。

ここ数日のHIT数が不自然に多い気がします。
お客様にとってはどうでもいいことでしょうが、
一般公開を避け、
基本的に知人しか来ないようにしている当方としては、
いささか見逃せない事態です。

一日に29人もこのブログのチェックに来るわけがありません。
何かの怪奇現象でしょうか。
90分間は同じ人に反応しないはずの我がカウンター氏の不具合でしょうか?
皆さんそんなに直視したくない現実があるのでしょうか?
ここで愚にも付かない長文を読むのは確かに時間稼ぎにはなりますね。
誤認した私の目の方の問題というセンもありえますな。

何を期待されているのかもよくわからないのですよ。
このページはもはやWeb日記的ブログというより、
妄想テキスト系サイトといった趣が強くなっております。
自分で書いていてまぁ楽しいのは良いのですが、
これで御期待に添えているのでしょうか?

私の私生活は想像できない、と友人に言われました。
そうですか?
私生活を知りたいと思うほど私に興味を持つ方もいないでしょうし、
普段の私は特別何かをしているわけではありません。


飯を食い、やがて死ぬでしょう。

それだけですよ。
posted by Kamellia at 23:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 疑問・疑念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年11月14日

所詮、TVですから

もう見なくなってから10年ほど経っているので、
私自身は把握していないのですが、
NHKの大河ドラマは番組の前後にお約束の
 「このドラマはフィクションであり、
  実在の人物・団体等とは一切関係ありません」
の一文がテロップで流れているのでしょうか。

夕食のときに私の父が歴史の話を話題に致しました。
私はアルコールの入っている人間のいうことは
一切真剣に聞かないことにしているので、
全く真にはうけなっかたのですけれど、
歴史小説で得た知識で得意気に話をされましても…ねぇ。

小説の名に反せず、歴史小説というものはまぁ八割がた虚構ですよね。
極端な話になると、義経さんが蒼き狼となって
ユーラシア大陸を制覇してしまうわけでして、
夢のある話なのは良いのですが、
同じ次元で歴史談義をされますと、当方はいささか困惑してしまいます。
私は大の歴史好きですし、浪漫を語るのも醍醐味のひとつだと思いますが、
ちょっとばかり方向性が違いますね。

小説の方はおそらく、フィクション宣言をしていると思います。
ちゃんと読み手が受け止めてあげないと原作者が気の毒です。

と、これがきっかけとなってNHKの話に戻るわけですが、
私の記憶に残っている大河ドラマでは、
不可解なことに虚構ですよの但し書きはなされていませんでした。

それで、ですね。
あのトレンディドラマは結構、
歴史的に正しいものである、
正確な知識に基づいている、
と思ってしまう方が多いのではないかと思うのです。
かく言う私が小学生のとき、そうでした。

新撰組は確か三谷幸喜さんの脚本で進めているので、
フィクション色を全面に出しているものと予想されます。
批判も多いようですが、
正史ぶるよりもお芝居らしくていいんじゃないですか?
あのドラマは基本的に歴史小説ないし時代小説と呼ばれる
創作を脚本に、創られるものです。

では、原作となる歴史小説というものがどうやって生み出されるかといいますと、
それはもう、常人には理解し難いほどの逞しい想像力の産物ですよ。
正確な歴史を紡ぐのは学者さんのお仕事でありまして、
小説家の皆さんは、いかに魅力的な創作をするかに全精力を傾けています。
もちろん、その中にはどれだけのリアリティを感じさせるか、
という努力も色濃く含まれています。
誤解を恐れずに言えば、
如何に感付かれずに読者を騙すか、が腕の見せ所であります。

その行程によって完成をみるが故に、
傑作と呼ばれる時代小説は
迫真のリアリティを持ちつつも壮大な夢を描くのです。
他人と同じ内容を書いても売れませんから、
内容に含まれる虚構は、時に素っ頓狂にもなりますが。

私が言いたいのは、
虚構は虚構として楽しみましょう、ということです。
小説としての演出のためにやむなく悪役に仕立て上げられた人物だっているんです。
歴史上に実在した人物は、悪役として生涯を歩んだわけではありません。
だって、人間だもの。

嘘は嘘として楽しく、満喫しましょう。
そういうのは面白くない、
という方は、正史の勉強をなさると良いでしょう。
正確な歴史の方が興味深いことだっていくらでもありますから。


ところで、これもお約束ですが、
このブログはフィクションであり、
実在の人物・団体等とは一切関係は御座いません。
posted by Kamellia at 20:53| Comment(2) | TrackBack(0) | 疑問・疑念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年10月15日

偶像の彼方に

皆さんは実際に会った事のない人間をどのくらい現実感を持って認識できますか?


のっけから奇妙な質問を挙げてすみません。
分かりにくい日本語になっていると思いますので、解説させて下さい。

私は、実際に顔を付き合わせたことの無い人を具体的な人間として実感することができないようです。
簡単な例で言うと、TVに出ている方たちを実体のある人間として捉えることができないのです。

あの箱の中にいる人たちはいわば虚像のようなもので、
私の周囲にいる人々とは違って、現実には存在しない。人間ではない。
生き物ではない…というような感覚を持っています。

自分の世界に関係ないものと思うから、興味が全く無い…とでも申し上げたらよろしいのでしょうか。
よって、結果的に私は友人が
「芸能人のダレソレが可愛い」だとか「ダレソレはタイプではない」
だとかいう会話をしているときに、一言も口を挟めないのです。
その感覚が全く理解できません。
私にとって不可解なことに、こういった会話はごく日常的に行われるもののようです。
でも一切話についていけないので少し困っています。

当然のように、芸能人の方の顔と名前なんて殆ど一致しません。
名前を聞いても「???」なことばかりです。
日常で出会う人々の名前すらも覚えきらないというのに、
赤の他人のお名前まで記憶する余裕は持ち合わせておりません。
もちろん、私に関係の無い人間の容姿がどんな状態であっても私の関知するところではありませんよねぇ?
…他者の容姿を品評する行為自体が下世話であることはさておくとしても。

それなのに、世の男性諸氏はアイドルの話題などを楽しそうに語らうのですよ。
何がそんなに楽しいのでしょう?
もちろん、女性の皆さんも同じような会話をしていますが。
きっと、それが理解できない私には何かが欠落しているのでしょうね。


ここまでが長い導入でありまして、
これを踏まえて二日前のことを省みると、
気が付けば私自身があの奇妙な箱に入っていたのです。
テレビで見かけるような人たちも沢山お見掛けしました。

…結果として、私は…
自分の目撃した方の実在は確認できました。
でもやっぱり、知らない人は存在しない人と限りなく近いものだと思っています。

と、いうことはこのページを訪れている貴方にとっても、
私は存在しないものと同じなのかもしれません。
それでもまぁいいと思います。
この世に生きる大抵の方たちにとって、
私が存在するかどうかなどということは興味の対象ではないでしょうから。



ところで、本番終了直後に撮った集合写真を手に入れたのでupします。
クリックで拡大しますよ。

Team『桃』集結

これで私も偶像側に一歩踏み出したわけですね。
posted by Kamellia at 23:52| Comment(2) | TrackBack(0) | 疑問・疑念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年10月04日

過熱するほどに凍結する球体

昨日、10/2は映画「Day After Tomorrow」のDVD発売日でしたね。
秋葉原の街にも大々的に広告が出ていました。

私はこの映画を観てはいないです…し、今後観るつもりもないことを前提に書いていますが、
これは聞くところによると、地球温暖化によって引き起こされる大災害と、
その危機に瀕した場面での人間ドラマを描いた物語だそうですね。

ハリウッド映画であることを考えると、やっぱり現政権批判の意図があるのでしょうか?
ブッシュ政権は京都議定書の批准を拒否していますし、
戦争を引き起こすことは化石燃料を猛烈な勢いで二酸化炭素に換える行為だとも言えます。
その現状を踏まえて敢えてこういった映画を創ったのであれば、なかなかのセンスといえるのでは。

…そんなことにすら思い至らずに撮っているのなら、その無神経さと教養の無さに脱帽するしかありませんが。
とにかく、アメリカを含めた世界各国での興行成績はそう悪くは無さそうですから、
かの有名な華氏911よりも政権の行方を左右する映画になりえると思うのですがねぇ?

もしこの映画がブラックユーモアを込めて発表した作品だとしたならば、監督さんの感性はムーア氏よりよほど優れていると思います。
ストレートではない分、スマートでしょう?
発想の着眼点も、私好みです。

でも、インディペンデンス・デイの監督にこのセンスは期待できないですね。
ただ頭が悪くて何も考えていないだけなのかなぁ…
posted by Kamellia at 14:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 疑問・疑念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年09月21日

天動説と地動説と私

「太陽は地球の周りを回っている」と思う子供が4割

というニュースを見て思い出したのですが、
天文の授業では必ずといっていいほど
観測者の周囲を天体が回転するモデルで説明をされますよねぇ?
今の小学校でどのようなカリキュラムが組まれているのかはわかりませんけど、
アレをもし続けているのなら誤解を生んでいてもなんら不思議はないと思います。

思えば私は小学校の頃からこの分野が苦手だったのでした。
たとえば「秋分の日に太陽はどのような軌道を通りますか?」
という文章を見るたびに反感を覚えたものです。
この場合は
「太陽の位置は基本的には一定である。」
と答えるのが正解なんじゃあないんですか?
出題者の方は地動説ってご存知ないのですか?
それとも日本語を理解できていないのですか?
王様の耳はロバの耳じゃないですか!?
と、思っていましたよ。
…頭、悪いのは私、ですか…?

まぁ極端な話をしますと、
地球が動いていようが太陽が動いていようがそんなことは別にどうだっていいのですけどね。

世界が自分を中心に回っていないことだけはよく理解していますから。
地球と太陽と月の力関係がどうなっていようと、
本当に些細な問題でしかありません。ええ、まったく!
posted by Kamellia at 10:28| Comment(2) | TrackBack(0) | 疑問・疑念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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